掲示板お問い合わせランダムジャンプ



この広告は30日以上更新がないブログに表示されております。 新しい記事を書くことで広告を消すことができます。

2009年05月16日
整理しきれないいくつかのものごと
僕は今日テレビを捨てた。ラジオも捨てた。テレビゲームも全部売った、携帯からも全部消した。なにもなくなった。コタツはある、本もある。でも彼らがいなくなってしまったせいで、僕の生活からはほとんどなにもかもが消えてしまった。沈黙。部屋の98パーセントを沈黙が占めている。僕はその残りの2パーセントで息をしなければならない。そのせいだろうか、さっきから頭の一部分がしびれてきている。コーヒーはある、クッキーもある。でもコーヒーとクッキーを食べながら僕は誰の話を聞けばよいのだろうか、相づちを打てばよいのだろうか、反論を考えればよいのだろうか。沈黙。誰も話しかけてこない。ただ鳥の鳴く声が聞こえる。でも残念なことに、僕は鳥とはしゃべれない。とりとはしゃべれない。

コタツの上に座って頭を抱える。開けた窓から夜風が入ってくる。僕は少しづつ息を整える。ゆっくりと空気になれようとする。だんだんと心が落ち着いてくる。でも油断してはいけない。わずかでも集中が途切れれば、冷たくてかたい空気が僕の肺に入り込もうとする。白い蛍光灯の光。今日は上手く寝つけそうもない。



続きを読む ...
 
[ 投稿者:hutakata at 00:57 | 作り話 | コメント(0) ]

2008年01月14日
コーヒーと夜の森、そしてカエルの住む池
どうにも目が離せなかった。見てはいけないと何度も念じた。それでもだめだった。首を横に向けても、彼女の視線はしっかりと僕の視線をつかみ、握り締め、強引に引き止めた。それで、僕の目の玉だけがそこに残されるかたちになってしまった。なんて吸引力。アリジゴクがアリを待つように、打っても打っても返ってくる水風船のように、彼女の黒い瞳は僕の注意を引きつけて離さなかった。まるでブラックホール。抵抗しようとしてもだめだ。きっとキミだってそうなる。一度視界に入ってしまうと、その瞳はどんな形をしているのかだとか、その黒さはどこまで深いのかだとか、そのことをどうしても知らずにはいられなくなって、もうその事しか考えられなくなってしまう。そしてそれを見極めようとすればするほど、それらはよりおぼろげになっていって、それでも追いかけようとすると、追いかけずにはいられないのだけれども、そのときには気付いたとしてももう遅い、すでに捕らわれている。逃げることはできない。彼女がその視線を自由にすることを許すか、そうでなかったら月まで行けるような高性能ロケットを使うかしなければ、とてもではないがその引力からはい出ることはできない。もし意識の一部分がそれでも正気を保っていて、本体にどんな大声でその危険を呼びかけたとしても、それは通じない。音は聞こえているのだけれども、意味を解することができない。彼女の瞳にはそうさせる力もあるらしい。

しかしそれでも、その瞳の芯の芯だけは決して見てはいけない。もし見てしまったら、そこで全てが終わってしまう。何が終わるのかということは具体的にはわからない。でも確かにそれは終わってしまって、取り返しが付かなくなってしまうということだけはわかる。本能が叫んでいる。だから僕は最後の抵抗をし続けなければいけない。絶対に勝てない勝負だとわかっていても、戦い続けなければいけないのだ。

まあ、そうはいっても僕と彼女の目が合った時間なんて、時計にしてみれば秒針がほんのちょっと動いたぐらいの間のことでしかなかったのであろう。彼女の方だってそれとそんなに変わらないぐらいの事であったのだと思う。でもそれは僕にしてみたら、まるで何度も何度も同じ廊下を歩かされているような気分がするほど長い時間のように感じた。出口が見つからない。ここかと思って扉を開けると、また見たことのあるような廊下が続いている。恐怖だ。針の進むスピードなんて全然問題じゃない。でも、まあ、とにかくそれが一目盛か二目盛かを刻む内に、彼女は僕を解放してくれた。ふっと瞳から精彩が消えたかと思うと、いやになるくらい自然に視線を机の上に落とした。きっと彼女にとっては0.01秒ぐらいのできことでしかなかったのだろう。ずるいね、不公平だよ。まったく。


続きを読む ...
 
[ 投稿者:hutakata at 15:11 | 作り話 | コメント(0) | トラックバック(0) ]

2007年12月15日
悲しいロック先生の盗まれたギター
夜、あれは確か11時をまわっていたであろうか。僕は車で峠道を走っていた。やけに霧が濃くて、いくらライトで照らしても5m先の白線が精一杯見えるぐらいであった。そういうわけでほとんど感で走っていたような気がする。ましてや歩行者なんていようものなら確実にひいていただろう。静かな車内、真っ暗な内装は、着ている服がそうである様に、すでに僕の体の一部と化していた。ハンドルとアクセルは僕の手と足の延長で、そしてフロントガラスで区切られた世界が僕の視界だ。真っ暗な森の中を僕は走る、わずかに光る中央線だけを頼りにして、右に左にそっと体を傾けてやる。いつもは気にも留めないが、その日は、たまに向こうからやってくる信号機や街灯の光が幻想的に見えた。その一帯だけが赤や、黄色のぼんやりとした光に包まれていて、例えるなら雨の中のガソリンスタンドのような、それでいてなんだか当たってはいけない光に当たってしまっているような、そんな毒々しい気もした。そこを過ぎるとまた闇、深海の底を行く潜水艦、ライトの光はもうそこで水に持っていかれてしまう。そうやって光から光へ、まるで島から島へと渡り歩くような気分であった。前後に走る車はなく、たまに対向車が来る程度で、急いでもいなかったので時速40kmぐらいでゆっくりと潜行した。光、闇、光、闇。青、オレンジ、赤、そして霧。だんだん感覚が痺れてきた、今僕はどこを走っているんだろう。多分僕はそのとき、そういう自分の状態を意識できていたと思う。

僕はその当時、自分の部屋を飛び出して、外に自分の場所を欲しいと思っていた。強く希求していた。彼ら、真剣に生きようとするあまり、まともに生きることができない人々、その彼らにとって、無人化したボーリング場がマイグレイトプレイスであるのならば、その言葉を借りてマイフェイバリッドプレイスといったところであろうか。お気に入りの場所、何時間そこにいても誰からも気に留められることなく、自分もまた気に留めず、好きな時にコーヒーが飲めて、本が読めて、気が向いたらいつも窓際のテーブルに席を取る彼女、僕じゃない誰か、に声をかけて新しいストーリーをはじめる事ができる、そんな場所、そんな空間に僕は憧れを抱いていた。そのことに関しては、通俗的にいえば、ほとんどコンプレックスにさえ感じていた。それでも、どうしてもその住み慣れた穴ぐらから出ることは恐ろしかった。少しの孤独と、顕示欲さえ我慢さえすればそこでの生活は申し分のないものであった。しかしおずおずと顔を半分だけ出し、外の光を少しでも垣間見ようものなら、僕の僕を正しく生きさせようとする力がぐぐっと首をもたげて、耳の中にどうしても手の届かない痒みがあるときのように、どうにも身体を悶えさせるのであった。


続きを読む ...
 
[ 投稿者:hutakata at 16:11 | 作り話 | コメント(0) | トラックバック(0) ]

2007年11月17日
カピバラさん、元気?
どうやらTVのチャンネルにはエンドレスのものとそうでないものがあるらしい。
エンドレスなチャンネルというのは、リモコンのスイッチを使わずに、本体の+-ボタンを使ったときに最初と最後のチャンネルがループすることをいう。

だめだ酔いが覚めてきた、しらふじゃこんな意味の無い記事、馬鹿らしくて書けやしない(ん、なに?あ、そう、ふん。)。

この時問題となるのはエンドレスでない方のチャンネルであって(ねえ、エンドレスじゃないチャンネルってさぁ、……、え、なに、つまりそれってエンドレスってことじゃん、なんだ。)、これは最後のチャンネルになってしまうと、いくら+を押してもそれ以上先に進まないのである、もちろん最初に戻ることもない、逆もまた然り。
果たしてこれを読んでいる人は(まあ、あなたがこれを読んでいるかどうかは疑わしいけど。いや、意味はない。酔っ払ってるんだ。)こんなチャンネルがあるということを信じられるだろうか。いやいや君には信じられないはずだ、第一僕だって信じていないんだから。
まあ、そんなことはどうでもいい。
(どうだい、今日の僕は饒舌だっただろう、ええ?、……、いや、言わなくてもいいんだ、いいよ、知ってるよ、十分すぎるほど実感した、ほんとだよ、痛いほどだ。)この痛みは、もう少し意識がはっきりしてきたらもっと切実になってくるだろう、なあ、僕よ。
(いや、チャンネルの話はなんのたとえでもないよ、ただきっかけが欲しかっただけだ、でも。)だいたいそんなものでしょ、今回の事だってその延長でしかない。
だからもっと無意味を尊重すべきだ(酔ってる、全部そのせいにする。)。
いいか、僕がここで書けば書くほど立場は悪くなっていくんだ。
だから今日という日はあったほうが良かったんだ、すくなくともそれを知ることができたという点だけでも。
(ふん、いいさ、いいさいいさいいさ。)いいさ。

「いいんだよ。」

酔っ払ってんだよ。
[ 投稿者:hutakata at 23:56 | 雑記 | コメント(0) | トラックバック(0) ]

2007年10月23日
星が落ちてくる話
Rummyを食べる。
それだけでもう頭がくらくらしてる。

その前はクラッカーに白桃のジャムをつけて食べた。
ジャムを作るのは難しい。
まだアヲハタよりもおいしいのを食べたことがない。

そういや今日、彼女は豆腐を選んでた。
結局どれにしたんだろう。

牛小屋、わらを運ぶ。
小学校のさよならのテーマ、木々を透くまぶしいぐらいの夕日。
牛たちが影になって追いかけっこ。

ステージ、最後のあいさつ、静寂。

「さあ、夜空を見上げてください。」

星はほとんど見えなかった。

今春、2000M、東京の後輩。

「いや、ホント、星がきれいですね。」

違うんだよ、星がきれいっていうのはこんなもんじゃない。
もっと夜が更けないと。
あれをまさに満天の星空っていうんだろうな。
古代の人々が砂漠で見上げたような。

横顔、ストーリー。

誕生日、見栄。

煮詰め過ぎてアメみたいになった林檎ジャム。

話ではないな、ただの酔っ払いの単語の羅列。
[ 投稿者:hutakata at 22:13 | 雑記 | コメント(0) | トラックバック(0) ]

2007年10月18日
ただ、適当な話
                                
RADIO HEAD
                               
いかん、最近すっかり村上春樹に毒されている。
あんなに心の中でハルキ至上主義者をバカにしていたのに。
いや、バカにはしていない。
ただあんまりにも彼ばかり褒めるから、ちょっと意固地になっていただけだ。
でも、ついツタヤまで行って古いロックを借りてきてしまうあたり、すっかり「無条件で肯定」モードに入っているのかもしれない。

よくない、
それはとってもよくない。

「よくないよ。」と、僕が言う。

ほら、ハルキモードだ。

いいんだ、しょうがない。
でも、ひとりでミスタードーナツに行きだすのは度を越えている。
盲目的に信仰。
これが僕じゃなかったら鼻で笑い飛ばしているところだ。

「ふん。」

笑い飛ばしてやった。

豆電灯。

「Thank you everybody, good night.」

と、レディオヘッド。(ボーカルの名前?そんなの知らない。)
だめだよ、まだ眠るわけにはいかない。
君にはもう一回歌ってもらおう。

なんだか頭が疲れていて、上手く眠れない。
だから、こんな文章でも許してあげよう。
もし僕が平静だったらこんなの鼻で笑い飛ばしてるとこだ。

(フン。)

そう願う。


[ 投稿者:hutakata at 21:54 | 雑記 | コメント(0) | トラックバック(0) ]

2007年10月03日
ネズミに限らず生物には皮があるということ
                             
※まずはじめに全国のネコとネコ好きの皆様に深くお詫びします。

ネコを轢いた。
自転車ではない、車だ。
夜の峠道、ネコはまるで車が来るのを見計らったかのように飛び出してきた。
とても避けられるものじゃなかった。
前輪でのやわらかい感触。
そしてもう一度後輪で。
あまりに急な出来事で、ブレーキを踏むこともハンドルを切ることもできなかった。
車はそのことを気にもしないかのように、その前と同じように平然と走っている。
ネコを轢いちゃったみたいだ、と助手席に座っていた友人に告げる。
うん、と彼は静かに答える。
僕は彼のネコ好きであることを思い出した。
彼は悲痛でわずかに顔を歪ませているのだろうか、それとも静かに目を伏せているのだろうか。

僕はひと通り言い訳をした後、以前におこなったヤギの解剖の話をした。
「よく、精神異常者が、まずネズミとか鳥とかの小さな動物を解体して、それがだんだん大きな動物になっていって、ついには人間を、っていう話があるじゃない。あれって、あんまりそういうことをやったことがない人にとっては、なんというか、言葉にしにくいけど。」
「いいよ、続けて。」
「その、皮一枚隔てた向こう側の未知の異常性というか、そういうものがあるからそこに恐怖を感じるわけで、すでにそれを知っている人からすれば、それはそんなに恐ろしいことじゃないんじゃないかな。」
もちろん、そんなときにこんな話はするべきではなかっただろう。
でも僕は彼に、もしくは自分に、自分があまり動揺をしていないということに説明をつけようと必死であった。

次の日、僕はヒツジの手術に立ち会った。
生きている動物を切開するのを見る、というのは、初めての経験であった。
消毒のにおい、注射針、メス、赤いもの。
僕は、僕は昨日ネコを殺した、と心の中でつぶやいた。
僕は昨日ネコを殺した、だから大丈夫だ、と。
人の声、ゴム手袋についた血、そこにいるヒツジ、そこを取り囲む人。
意識して外を見る、が、さっき見えた景色はぼやけて見えない。
そうか、きっとヒツジが物質を出しているんだ、危険信号を、僕はまだそれに慣れてないんだ。
手探りで机の縁を探す、しかし手は机に当たらない。
どうやら脚にも、もう感覚がないようだ。
僕は卒倒した。

僕はシャワーを浴びる。
僕は身をもって知らされることになった。
確かに皮を一枚開いたその先には、恐怖の固まりみたいのが潜んでいた。
それが観念的なもので、僕の心が観念的なものであっても、それが危険信号の物質で、僕の脳みそがニューロンの集まりであっても、両者に違いはない、違いはまったくない。
抽象的で形而上的であるからといって、論理的で物理的ではないなんてことはない。


ネコを轢いた直後、助手席の彼は、目をつむり、手を合わせていた。
祈るとは自分に対して行うことだ、ということを僕は最近学んだ。
僕は心の中で謝り、そして祈る。
[ 投稿者:hutakata at 19:28 | 雑記 | コメント(0) | トラックバック(0) ]

2007年10月02日
ネズミには皮があるということ
無から生物は生まれない、とは有名な話だが、いま僕の目の前を虫が、寿司のネタにあるシャコの足を細くしたようなのが、ゆうゆうと歩いていった。
いったいどこから侵入したというのか。
もしかしたら部屋の中で卵から成長したのかもしれない。

またブログを始めようと思う。
そうすることによって、自分にとって良い影響になってくれればと期待する。

相鼠有皮、漢字辞典をパラパラとめくっていてたまたま見つけた言葉だ。
ネズミを見てみるとそれには皮があった。
本来の意味はわからない、でもネズミに皮があるという当たり前のことを、あらためて知るということは、とても大切なことなんじゃないかと思った、なぜだかはわからないけど。
だからそういうことが書けるといいと思う。

とりあえず虫は僕の見えないところに消えて行ってくれた。
でも見えないだけで、この部屋のどこかにはいるんだろう。
願わくば僕が寝ている間に顔を出さないで欲しいということだ。


[ 投稿者:hutakata at 21:42 | 雑記 | コメント(0) | トラックバック(0) ]