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2018年05月05日
複製芸術が芸術土俵に上がるまで100年くらいかかる
メリエスの月世界旅行はオリジナルフィルムが無く、現存するフィルムにはいろいろなバージョンがあるというのだが、女工さんによる手彩色版がオリジナルであったのは恥ずかしながらさっき知った。
ハリウッドで突然流行って20年くらい前に廃れたCG彩色のモノクロ映画はメリエスを踏まえて観るとまた違った感想を持ったように思う。うっかりバカにしちゃったよ!
メリエスのカラー作品は筆と絵の具の手彩色で、しかも専門の300人態勢の女工さんによる結構な産業であったというのも驚きであった。だが、当時の世情には詳しくはないのだが、封切りしたとたん、あっというまにフィルムのコピーが氾濫してしまい、メリエス自身はあまり儲からなかった…という現代と同じような無許可コピー問題を抱えていたという…。

また、一代社長にありがちなのかもしれないが、自らの作り上げた方法論に固執して世の中の変化を見誤ってしまう。それを認めずに事業を拡大してしまったうえ、市の区画整理で拠点の劇場を失うという不運も重なったのである。
経営は傾き、ついには会社の破綻で映画製作に絶望したメリエスの手で全ての作品(フィルム)が燃やされたのだという。

とするとオリジナルフィルムは存在しないわけだが、現在コピーを含めて200本あまりの作品が残されているという。
おそらくメリエスの再評価のたびに、世界中で古道具屋や潰れた映画館、好事家の屋根裏などから発掘、発見されて200本にもなったのだろうが、オリジナルは燃やされてしまっているとすると、多くは当時のコピーフィルムなのであろう。皮肉にもメリエスを苦しめたとされるフィルムのコピーによってメリエスの作品が後世に残されたのだとすると皮肉というより寓話的であり、なんかもう色々考えされちゃいますね。

工業製品のカメラなども世界中でコピー製品が横行していたわけだが、とくにライカ型のカメラはドイツが戦争で負けてから著作権フリーとなり、世界中で堂々とコピー機が造られた。それが故に世界中に互換性のあるアクセサリー、交換レンズが潤沢に手に入り、最も汎用性のあるシステムになったといえる。
コピー製品のおかげで21世紀に入っても造られているというのは考えようによってはすばらしい話だ。

あともうひとつ蛇足、百鬼夜行図という、日本の中世に描かれた想像上のゴースト達のパレードを描いた傑作がある。
これは原本は消失しているが、世界中で百鬼夜行図は鑑賞されて展示保存されている。
それらはすべて原本からの模写、コピーなのである。

うーん深い話だった…。さて、メリエスに話を戻すと、メリエスの活動期間は実質16年だったという。
16年という時間は一人の男の人生の中では決して長くはないが、ひとつの流行のサイクルから見て大成功を収めた活動期間として16年は十分長いとも思える。
もしもの話だが…もしメリエスの劇場が現代に残っていたら、メリエスの子孫によって見世物小屋のようなスタイルを今でも守って営業していたのかもしれないな、などと想像するとちょっとわくわくした。
2013-03-04 05:19:00
[ 投稿者:山下全裸大将 at 21:21 | 本を読む | コメント(0) | トラックバック(0) ]

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