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2015年07月15日
あのときのあそこ
このときホープ軒はどうなっちゃうのかなあ、なんて呑気に考えていた。
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[ 投稿者:ぢ at 02:20 | 写真帳 | コメント(4) | トラックバック(0) ]

2015年03月22日
Minor 35mm f3.5 Old Delft.
_DSC2088CC

カラーでもモノクロでも瞬時に比較できるデジタルの現像はイメージをつかむのには大変便利。
むかしの話だが、カラーネガをモノクロ印画紙でプリントすると普通の印画紙では感光する波長域の問題で黄色が黒っぽく肌色が真っ黒、粒子も荒いプリントになってしまった。
ちゃんとそういう用途の印画紙もあったのだが、カラーネガ用モノクロ印画紙は感度が高く普通の暗室ランプでは被ってしまうなどハードルが高かった。
コニカブロムパン(だったかな?富士にも同等品があった)など、普通の暗室ランプでカラーネガをモノクロ印画紙に焼き付けられる印画紙もあったが割合すぐにディスコンになってしまったと思う。モノクロはモノクロで撮ればいいじゃない。という雰囲気もあり、あまり一般的になることがなく知らない人も多いようだ。

カラーネガはご存知のようにモノクロに比べると非常に粒子が細かく、当時のモノクロとは感覚的に相容れなかったのかもしれない。しかし、デジタルカメラが一般的になる直前、フィルムには超微粒子ブームが起きて、モノクロにも微粒子の風が吹き始めた。今思うと、デジカメの布石にも感じるんだけど…。
Untitled
100%に拡大した部分スクリーンショット 2015-03-22 17.06.21

非常に高精細な描写で、マクロスイターとおなじようなアポクロマートレンズのような印象を受けた。あのどんどん引き伸ばして日劇のスクリーンくらいまで大きく伸ばしても大丈夫!という感じ…。
アルパのレンズは(これはライカマウントだけど)描写に統一感のあるようなレンズ、というチョイスだったのだろうか?
[ 投稿者:ぢ at 17:15 | 写真帳 | コメント(0) | トラックバック(0) ]

長いトンネルを抜けるとこうだったのかと
佐藤さんがスランプの長いトンネルを抜けて久しぶりにカメラを持って自慢しに来た。最後にカメラを自慢しに来たのはいつだったろうか?しかしてそれは不労所得で買うのにふさわしいニコンの仏壇であった。
Untitled

資産家の初老が元気をなくすと経済はけっこう沈滞する(たぶん)ので気をつけたいものだ。
いっぽう、時給千円のアルバイト生の私はこういう買い物をした。
UntitledALPAコレクターと付き合いがなければ一生知ることもなく興味も持つこともなく過ぎたはずであったが、知ってしまっては仕方がない。
手に入るまで(つまりチャンスとタイミングが整うまで)10年かかったのでそれなりに感慨深い。まあ他に欲しいものが特になくなったのだ、という言いかたもある。
[ 投稿者:ぢ at 14:42 | 写真帳 | コメント(0) | トラックバック(0) ]

2014年12月21日
一説によると荒井注が生まれた年だという
1934-35年にかけてソ連製のライカコピー機が幾つか誕生した。
レンズはエルマーにそっくりだがテッサータイプ。ノンコートでフレアのためボンヤリと軟調にも見える、しかし細かくよく解像しており線も細く好ましく感じる。こういうコントラストが低いレンズはデジタルとかフィルムとか、カメラの垣根をなぎ払ってしまうような威力があるのではないだろうか。
DSC01750
この最初期のフェドではライカのフランジバックに準拠のアダプターでは無限遠が出ない。このため、無限遠を撮るには鏡筒を緩めてわずかに縮める必要があった。すると偏芯で周辺部分が流れてしまう。
こちらは鏡筒をきちんとはめているので芯は取れているが、無限遠は出ていない。
数メートルのところにピントが出ているので寄り気味のスナップならばむしろこのままでピント合わせをしない撮影もいいのかもしれない。よくないけど。
DSC01744_1
[ 投稿者:ぢ at 19:29 | ひとり写真工業 | コメント(1) | トラックバック(0) ]

2014年12月16日
ソ連のフィルム事情
soviet-film-1959-2-asacame
[ 投稿者:ぢ at 19:14 | ひとり写真工業 | コメント(0) | トラックバック(0) ]