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2018年10月18日
空の端には高い

髙橋慎二にとって衝撃的だったのは、彼女のその笑顔だった。


とはいっても、それは彼だけに向けられたものでなく、不特定多数の人々に等しく見せているものだった。

彼女はスーパーマーケットのレジ係であり親子活動、髙橋慎二が会計を終え、ビニール袋をぶら下げたままぼうっと見てる間にも同じような笑顔を振りまいていた。

それにもかかわらず彼が見つめてしまったのは、それまでに感じることのなかったものを彼女が持っていたからだった。


彼女は三十歳をすこし過ぎているようにみえた。小柄で、顔も小さく、色は透きとおるように白い。手馴れた様子でてきぱきと商品をスキャンしてるあいだ、髙橋慎二はじっとその顔や上半身を見つめていた(それ以外は残念なことに台に隠されていた)。

声も良かった。まあ、それだって「お会計は一七六〇円です」とかそんなものだったけれど脫毛優惠、高く張りのある声も彼の好みだった。


しばらく見惚れていた髙橋慎二が半ば自動的に二千円をトレイに置くと、彼女は差しだした手に下から自分のを優しく添えて二四〇円を乗せてくれた。そのとき髙橋慎二は左手薬指を見つめることになった--指輪はしていなかった。


マンションへと帰る途中、髙橋慎二は彼女の指があたった手のひらを見た。柔らかく冷たい指先のあたった場所はラインマーカーで○をつけられたかのように強調されてみえた。


そして、そう認識したときに彼はこれを恋なのだと断じた。


そういうのは遙はるか昔に忘れ去った感覚のはずだった。

最後に恋をしたのはいつだった MD senses 好唔好だろう--そう考えて彼は立ちどまった。


それは蒸し暑い夏の夕暮れ時で、空の端には高い雲が見え、雷がくぐもった音を響かせてもいた。身体にぴったりと合ったスーツを着ていた彼はシャツの襟えり元もとに指を差し入れ、すこし緩ゆるめた。あとから来た人間は彼を避よけるようにして追い越していった。


髙橋慎二は立ちどまったまま考えていた。--アレは違う。恋なんかじゃなかった。じゃあ、アレは? いや、近い感じはするものの、そうとは言いきれない。


「つまりは、二十年振りってことか」


髙橋慎二はそう呟つぶやいて(もちろん、独りごとだ)、すこし複雑そうな顔つきになった。
[ 投稿者:追憶 at 12:01 | 追憶 | コメント(0) | トラックバック(0) ]

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