大山は、手持ちの登山ガイドの本によると、
・・・別名を雨降山(あふりさん)、天平勝宝7年(775年)に奈良東大寺別当の良弁によって開山、後に真言密教の修験道場となった山、農業の神、雨乞い、海上安全、商売繁盛の神としてあがめられ、多くの信者を集め、・・・とある。
今回(1月4日(日)、大山へ登るために車を止めた駐車場は、「先導師の宿」と書かれた看板のある駐車場で、宿と駐車場の間は車一台がやっと通れる狭い道になっていた。
宿の若主人さんのお話によると、
・・・この道は「とうふ坂」呼ばれる昔からの参道で、お参りする人は手のひらにお豆腐を乗せ、それをすすりながら登った・・・と話して下さった。
という訳で、早速とうふ坂から歩きを開始した。


歩き終わって戻って来て、今度は、宿のご主人とお話することが出来た。
・・・山嶽信仰の山・大山は、今から2200年前に開かれた山。この宿の初代は、鎌倉幕府の命を受け入山し、後に先導師として宿坊を開いた人で、自分は37代目であること。
先導師(御師)は、各地の講へ出向いて行ったり、講の皆さんが来られた時は山へ案内をする。先導師の宿は、それぞれに滝を持っていて、登る前には滝で体を清めてから参拝する。下社まで皆さんを案内し、奥の院へは代表の方と先導師である自分とで登る。
大山と同じような信仰の山は、筑波山・木曾の御嶽山・御岳山・石鎚山・大山の5つ。
「とうふ坂」は、元は階段で、舗装道路の下には階段が埋められている。「とうふ坂」の道標の説明にもある「とうふをすすりながら・・・」の豆腐とは、今で言う「ゴマ豆腐」のことだろうとも言われた。
とうふ坂を歩いていて気になったことの一つが、家の軒下にずらりと並んだ木の板。

お聞きすると、
・・・これは「まねぎ」と呼ばれるもので、今の千社札の元になるもの、今は布で出来ている「布まねぎ」というのもある。「ほら、あそこのがそうです」を言われた先を見上げると、軒下に青い布が下げられていた。

そう言えば、奥の院の左右の狛犬に青い布が置かれていたような。
写真をあらためて見てみると「め組」と読める。

もう一つ気になったのは、講の方たちから奉納された石碑。
古いものから新しいもの、色々。


昨年秋に行った御岳山にも大きな石碑がずらりと並んでいたが、この宿の門のそばにも新しい大きな石碑が建てられていて、それには赤い字で「江戸 彫勇会」と入っていた。
お尋ねすると、
・・・これは、彫り物をしている方たちの団体からのもので、この中には東京の出初式に必ず出る人の名前もあること。この方たちの彫り物は、それはそれは素晴らしいものだそうです・・・などなど次々と話して下さった。

お参りするのは五穀豊穣だったり、技能集団の方々は技能の熟達を願って、とのこと。
また石尊信仰のことも話された。
そうして「良かったら・・・」と、宿のパンフレットと破魔矢を頂いた。
いつかこの宿に、お豆腐料理を食べに行こうかな・・・。
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