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2019年04月11日
要注意及時給肌膚補水保濕


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2019年02月21日
如何改善老年人的福利


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2018年12月13日
中醫對癌症的認識


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2018年10月24日
快速減肥的最佳方法


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2015年12月30日
知らぬが~
ほとんどの場合、複雑なコンピュータ制御と言うより、
シーケンス制御でコントロールされて製品となって出てくる。

人間の行動も、複雑なコンピュータ的な脳を使うより、
プログラミングされたシーケンス制御で生活しているようなところが多い。
いつも使う器具やモノは、力の入れ加減など、
考えなくても身体が自動的に動き、それに適した操作をする。
階段を上る時には、一段目をのぼると、二段目以降は、身体が自動的に高さを計算して、
最適な足の高さまで上げるようになる。まるで、シーケンス制御。
だけども途中、少しでも違う高さの段があると躓いてしまう。
また、同じような二つの段ボール箱があると、
人間の眼は、一つ眼を大きさを目分量ではかり、抱え上げると、
二つ目は適した力で持ち上げようとする。
そこに意地悪をして、同じ形状で、恐ろしく重さの違うものをおいておくと、
二つ目を抱えた時に、あれ〜っ、とズッコケることになる。
これを「コゼレフの錯覚」と呼ぶ。
人間生活は、こんな「慣性」のまま生きているところがある。
蓄積された経験値でほとんど事足りるような生活を営んでいるようだ。
こんな「慣性」が止められたとき、
不快ばかりでなく、時には笑いを誘発するようだ。

たとえば、ことわざに関するもので言えば、
「犬も歩けば〜」という言葉を聞くと、「犬も歩けば棒に当たる」
という言葉が浮かんでくる。
ところが、それを「犬も歩けば、猫も歩く」となると、
心の「慣性」が、ふと、止められてしまい、笑いが生まれることになる。

「知らぬが〜」となると「慣性」で、「ホトケ」が浮かんでくるが
「知らぬがバカ」となったりする。
「知らぬがバカ」は、「知らぬがホトケ」より、もっと正論。

年の暮れ、ヒマそうにしている人は皆無。
そんな時に言う言葉?
[ 投稿者:jurdkrt at 15:53 | ぉおおおえ | コメント(0) | トラックバック(0) ]

2015年11月12日
人みな心あ
 今朝久しぶりに姉からメールがきた。 「元気でいますか・・・」 と。
私は、腰痛のことを書き「加齢みたい……」 としたら、「私より5才も
若いのに……私は自転車の競技に……」 と、姉は元気でいいなreenex
 子どもの頃より、姉は優等生で大人しく、私はよくいえば、天真爛漫
悪く言えばノ-タリンだわ。 なんでもやっちゃって、悪いことに気ずく
だから怒られたり叱られたり……。だから、叱ってもらえてよかったな。
もちろんほめられるようないいこともしたかと思うけどな? たぶん。
と思う。 この言葉がぴったりの子どもだった。 姉はやる前から、気
いつけていた。 私が怒られたりするのをみていた。 だから子どもも
いろいろあるなぁと思うが、小さいうちからきちんと叱るのがいい。
 笑いながら
[ 投稿者:jurdkrt at 12:12 | ぉおおおえ | コメント(0) | トラックバック(0) ]

2015年10月17日
心配してくていた
おじさんはくうみんのことをとても心配していたらしい實現夢想
「癌は取り切れなかったんだよ。どれくらい生きられるのか」

 いつもおじさんはそう言って心配していましたよ。

 そういうのです。

 そんなに心配していたなんて知らなかった。
「くうみんは大丈夫」
 くうみんはいつも言っていたじゃない。

 局所再発の可能性が極めて高い

 なんてバカグソ医者のパソコンの画面に黄緑色の倍角文字で書かれていたの、そんなに気にしていたの?あの医者の言うことなんか信じるなよ。くうみんは全く信じていなかったよ。あんなバカグソ医者。

 そんなに心配してくれていたなんて、なんだか泣けてくる。それより気付かないうちに自分の方が病魔に侵されていたなんて嬰兒食物過敏
。気付かないうちに心筋梗塞、脳梗塞に侵されていたなんて。よくある話。

 今はおじさんの確定申告書を作成している。これはおじさん、あんたの仕事だろう。

 先祖のお祀り。長男のおじさんは先祖の位牌をお祀りすることになっている。でもおじさん亡き後、
「誰がするのかな〜」
 と思っていたけど、何だくうみんじゃん。墓の管理責任者。これも誰がするのかと思っていたら、何だ、くうみんじゃん。うちには子供がいないから、くうみん亡き後のために養子縁組でもしようか。バングラの婿殿が家を引き継ぐこともあるかも知れない。

 そうなったら、神道、仏教、カトリック、イスラム教が同居する。実に日本的だ。

 いい人だと思っていたあの人は実はとんでもない人だったよ。 

 悪い奴にみすみすおいしい思いをさせないよう、くうみんは暗躍している。これも本来はおじさん、あんたの仕事だ。
 暗躍なんて浮世離れしたおじさんにはできないことかも岩鹽



 でも、がんばる。悪い奴が肥え太るようなこと指をくわえて見ているものか。
[ 投稿者:jurdkrt at 15:16 | ぉおおおえ | コメント(0) | トラックバック(0) ]

2015年10月16日
あえてそれ
インターネットの出現で、自分を発信するツールができた。
ある、素人コラムニストさんが、書いていたが熱石按摩
彼女の噂を聞いてブログにたどりつき、昔の友人たちが60年ぶりや40年ぶりに連絡を取ってきたそうだ。

わたしの場合、蝶ブログは、毒入りなので、自分の知られたくないことが、てんこ盛りのブログにたどり着かれると、非常に複雑な心境になる。
「あ、あのブログ、あれは、ですね・・・ほんとのことを書いてますけれど、生活はちゃんとマトモですから」
なんて、自分の毒の解説をして、脂汗を流しながら釈明しなければならない。

というか、リアル元同級生や、リアル元同僚は、一目散に蝶ブログから遠ざかったという経歴あ學生交流
り。
きっとニオイに耐えられなかったんだろう。
ホンネを書かないブログ、美しく取り繕うブログ、事実だけを淡々と書くブログ、そういうブログであってもよい。
わたしの場合は、一種の毒吐きであり、自慢吐きであるので、自己完結してそれでオワリ。
読まされる人にとっては、読んでいて気持ちがよいとは言えない。
しかしながら、来る者拒まず、去るもの負わずの主義なので、自己チュー体制に影響はない。

自分の良い部分もあるんだけれど、あえてそれを書いてどうする?
人が思ってくださるのは自由だか、自分であえて自己PRするのは、わたしの趣味ではない。

書いていて、なんの話だっけ?と、ふと止まる。

話は変わるが、
「皆さんもそうですが、書くことによって、気持ちの整理ができ、こころを静められるものです」。

[ 投稿者:jurdkrt at 16:25 | ぉおおおえ | コメント(0) | トラックバック(0) ]

2015年04月27日
人様の好意
失敗するたび
トラブルに巻き込まれるたび
机の上が狭くなる岩鹽好處

みんなは
本当にやりたいことをしなさいよ、と
本音は背中に隠しておいて
慰めてくれる

それはそうだ

がらんどうの僕を埋めていく
たくさんのかけらがDream beauty pro 好唔好人様の好意ばかりじゃ
いくらなんでも情けない

とりあえず
耳の穴に指を突っ込んで
仏頂面でコーヒーを飲もう

誰がおまえの言うことなど聞くものかと
机の上に足を乗せ曹星如受話器は外したままにする

不格好がポーズでなくなれば
何とかなるさ

[ 投稿者:jurdkrt at 17:57 | ぉおおおえ | コメント(0) | トラックバック(0) ]