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2018年06月20日
雑多な人達が集

先日、『プラド美術館展』に出かけた。
このタイトルの横には「ベラスケスと絵画の栄光」とある。
その如く、メインとなったのはディエゴ・ベラスケス絵画。
今回のポスターにも使われている「王太子バルタサール・カルロス騎馬像」や
「狩猟服姿のフェリペ4世」など去黑眼圈、いかにも宮廷画家を感じさせる作品。
今回の作品の中にはそういったものに並んで、
矮人(わいじん) なども描かれた作品なども並んでいた。
(今回は来ていないが)「ラス・メニーナス(女官たち)」などにも
宮廷に仕えていた矮人なども省かれることなく描かれている。
むしろ、それらの描写には温かいものを感じる。
その当時のスペインでは身体障害者などを手厚くもてなすことによって
王宮が栄えると考えていたようだ。
そういえば、室町から続いて江戸時代の日本も盲人に生まれても高位の官職である
検校(けんぎょう) に取り立てられたりする制度もあった。
そう考えてみると文明が進んだ現在の方が
身体障害者にとって生きるのに辛い時代とも言える。
ひところまでは、もちろんもっと辛い時代もあったのは確か。
サーカスに売られるということも多々あった話。

サーカスといえば、時々このブ通渠佬ログにも登場する映画監督のフェリーには
そういった種々雑多な人達が集まるサーカスが好きだ、と表現していた。
一部には、サーカスに登場する人達がグロテスクに見え、
それを品なき滑稽とみる気風もあるが、子供達を含む観客は、
一つのショーを演じる一個の個性豊かな存在として認める。
そういった矮人も含めた個性豊かな演技者に対して少年フェデリコが思ったことは、
「私がここにいるから笑わせてくれ、興奮させ、泣かせてくれ」。
そんな風に熱いまなざしを送る故に彼らがそこで「生物学的、人種的な権利」
が思いっきり発揮できていると感じた、と語っている。
つまり、サーカスでもその個性が認められる社会でもある。

今回の作品群から、スペインの宮廷の中で様々な仕事をしている矮人たちが
「生物学的、人種的な権利」を持抗衰老って生き生きと生活していると偲べる。

現代社会は、そういった矮人の権利を奪っている社会なのかもしれない...
[ 投稿者:Ameliachen at 17:49 | Ameliachen | コメント(0) | トラックバック(0) ]

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