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2012年10月27日
野球の大谷選手、メジャー挑戦の記事に鑑みて
 
 
 花巻東高校の大谷選手が、メジャー挑戦を表明したそうですね。

 日本球界に残らず、一足飛びにメジャー挑戦する、というのは、日本人からすれば国内で彼の姿を見ることができないという点で残念なことではありますが、本人が挑戦したい、というのであれば、やはり応援するべきものだろうな、と思います。

 この表明に対して、学校などに苦情の電話などを入れる馬鹿が相当数いるそうです。日本球界を馬鹿にしているとか、生意気だとか。
 苦情を入れる人が大谷選手とどういう関係なのか知りませんが、本当に余計なお世話だと思います。
 だいたい、大谷選手は日本とは「違う」野球をやりたくてアメリカに行くわけで、レベルの高低の話をしているわけではありません。それなのに、「日本球界を馬鹿にしている」などという人は、その人自身がすでに日本の野球をアメリカより下だ、と見ていることになります。これではどっちが日本の野球を馬鹿にしているのかわかりませんね。

 話はちょっと変わりますが、「最近の若者」についての記事がありまして、何でも最近の若者は極端に失敗を恐れるとのことです。失敗を恐れるあまり、チャレンジ精神が衰えているとか何とか。

 まぁ、「最近の若者」という言い方が気にくわないのはさておき、先に挙げた大谷選手の例にもあるように、挑戦する人間を批判し、そしてまた失敗した人間をなじるような風潮が、この国には蔓延しているような気がします。

 例えば江戸時代の職人などは、弟子は親方の仕事を見て覚えるのが一般的で、親方はそうした弟子の姿勢を見て、一番いい時を判断して仕事を与えるのだそうです。そのような徒弟関係とも呼べる職場環境において、親方となる人には人を見る目があったでしょうから、入ってきたばかりの弟子に即戦力的な仕事を求めることもなかったでしょう。また、一人前の職人になるのに3年とか5年かかるとか、かなり長い時間を設定していたようですが、逆に言えば一人前になるまでにそれだけの時間、待っていてくれるともいえるわけで、本来修行とはとても気が長く、寛容なものだったのでしょう。
 個人的な意見としてですが、そうした関係の中で、仕事に対して怒ったりなじられたりする必要性のある場面が、私にはあまり想像できません。
 例えば失敗一つとっても、それが命に関わる出来事とか、お客を激怒させるような事でない限り、怒鳴ったりする必要性は無かったのではないでしょうか。

 現代の日本には、そうした寛容さが極端にかけている気がします。

 そんな状態で、「今時の若者はチャレンジ精神がかけている」と言われても、「馬鹿じゃないの、何言ってるの」としか返答のしようがありません。

 「今時の若者」などと言っている年寄りは、自分たちが若かった頃、どれだけ世の中が寛容だったかをよく考えるべきだと思います。
 
 
 
[ 投稿者:余白 at 00:23 | 出来事 | コメント(0) | トラックバック(0) ]

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