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2012年02月11日
「初音ミク」という現象について考えてみた。
 
 
 私が子供の頃、テレビには、アイドルとか、スターとか呼ばれる人たちがたくさん出ていて、今思えば大してうまくもない歌や演技でテレビに出ることにより、各々それなりの人気を得ていました。

 彼らに共通していたのは、テレビに出ている部分以外の、いわゆる私生活(あるいは人としての生活)が全くなかったことです。もちろん、人間ですから食べたり飲んだりトイレに行ったりということはあったのですが、「アイドル(偶像)」という名の下に仕事をしている以上、それは表向きには完全に隠蔽されていました。当然、「偶像という公共物」には、恋愛や、まして結婚などという「特定の誰かに所有される私物」になるなどあり得ないことで、そうなった場合、才能や運があれば別の方法で芸能界にしがみつくこともできたでしょうが、そうでなければ引退せざるを得なくなりました。

 今でもアイドルの定義そのものは変わりませんが、「隠された部分を見たい」という人間の性と、それを利用して金儲けをする芸能雑誌の行き過ぎともいえる取材攻勢、そして何よりもITの発達によって、アイドルは、もはや偶像としての意義を失い、単に「何の才能もないのに見てくれだけでテレビに出て仕事をしている人たち」に成り下がってしまいました。

 ところが、アイドルを追い詰めた要素の一つであるITの発達が、逆に完全な形の偶像を生み出すことになります。

 それが、初音ミクだと私は思っています。
 
 
 

 
 
 従来のアイドルと、初音ミクとはどう違うのでしょうか。


 第一に、ほぼ完全に生身の人間の要素がないということです。

 これ、結構重要で、生身の人間の要素がないということは、当然、私生活の部分がありません。飲み食いしたりトイレに行ったりしないし、年を取ることもなく、ましてや結婚や出産などありえません。彼女の私生活は、彼女のファン一人一人の想像の中にしか無く、その意味で永久に「偶像という公共物」であり続けることができます。


 第二に、彼女のプロデュースに関して、誰でも自由に参加できるということです。

 これはソフトの発売元の姿勢がすばらしいと思います。キャラクターや声に関する意匠権をフリーにし、ネット上で誰でも自分の作品を発表できるようにしました。さらに、優秀なクリエーターにはそれなりの印税が入る仕組みもあり、新たな才能の発掘現場になっているほどです。


 第三に、これが一番重要だと思うのですが、彼女のキャラクター形成に関して、きわめて民主的な手続きが踏まれたということです。

 例えば、彼女はしばしばネギを持っている姿で描かれます。これは、ある人がある楽曲を歌わせたとき、元ネタになった動画のキャラクターがネギを持っていたので、それをそのまま初音ミクにも持たせた、というのが始まりなのですが、それが多くの人に受け入れられたため、ネギを持っている姿が一般的になっているのです。
 初音ミクのキャラクターのあり方は、だいたいがこのような手続きに基づいて取捨選択され、形成されています。
 一応、初音ミクのキャラクターにふさわしくないと思われる極端なことはやらせない(犯罪がらみなど)という発売元からの縛りはあります。しかしそれ以外は、より大勢の同意が得られれば、それを初音ミクのキャラクター要素とする仕組みが、自然と成り立っているように思います。

 このあたりが、従来のアイドルとはもっとも違う点ではないでしょうか。

 「バーチャルなアイドル」というもの自体は、実はそんなに新しいものではなく、昔から「伊達杏子」「テライユキ」に代表されるようなCGベースのアイドルが存在しました。しかしこれらは、あくまでもタレントプロダクションの所属で、そのキャラクター形成や売り出し方は、従来のアイドルの手法と何ら代わりが無く、ネット環境の発達していない当時では、バーチャルな分だけかえってメディア戦略が取りにくいという問題もあり、いつの間にか忘れ去られていきました。

 初音ミクの成功は、ITの発達が大前提ではあるものの、みんなが参加し、みんなで作り上げることで、みんなの同意を得られやすいキャラクターが作られたということが最大の要因なのではないでしょうか。
 そしてそれは、現在のような金銭中心の価値判断ではなく、「アイドル」という言葉が本来持っていた性質にもっとも忠実な成功の仕方なのではないでしょうか。

 余談ですが、「会いに行けるアイドル」という旗印で活動しているグループがあります。彼女らを見ていると、テレビへの露出が増えるにつれ、その旗印からはどんどんかけ離れていっているように私には見えます。たかが握手一つに何十万もかけて同じCDを買うなどという馬鹿な話を聞くにつけ、実際に触れることのできない初音ミクの方がよほど身近に感じるのは、たとえ会えなくても「みんなで作ったアイドル」だからなのかもしれませんね。

 
 そしてもう一つ。こうしてネットの発達によって生み出されたキャラクターは、そのありようもネットとともにあり、従来のテレビメディアや、他人の不幸で飯を食っている週刊誌や芸能雑誌にはきわめて扱いにくく、こうしたことも、初音ミクのキャラクターの純度を上げている一つの要因ではないかと思っています。

 
 単にかわいい女の子の絵がついた音楽ソフトだった「初音ミク」がここまで成長した過程には、民主的な手続きがあったと述べました。
 しかしそれは、現在ほとんど機能しなくなっている政治的な民主主義ではなく、大昔から神事を執り行うために行われてきた原始共同体的な民主主義に似ているような気がします。
 インターネットというテクノロジーの塊のようなメディアで、古来から祭り事として神をたたえたのと同じような状況が、まさに「初音ミク」によって再現されている、といったら、少し大げさでしょうか。
 
 
 
 

[ 投稿者:余白 at 16:15 | たわごと | コメント(0) | トラックバック(0) ]

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