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2016年12月30日
イリオモテヤマネコの発見
イリオモテヤマネコが生物学的に「新種」と認められたのは1965年のことです。

20世紀になってからヤマネコ程度の大型ほ乳類の新種は世界的にもほとんど発見されておらず、イリオモテヤマネコの発見は学術的に見て非常に大きな出来事でした。

しかし新種とわかる以前からも、西表島の住民には目撃・捕獲されており、「ヤママヤー」「ヤマピカリャー」「ピンギーマヤー」などと呼ばれていました。

イリオモテヤマネコの(学術的)発見のいきさつは、動物文学者・戸川幸夫氏の著書「イリオモテヤマネコ 原始の西表島で発見された“生きた化石動物”の謎」に詳しく記されていますが、ここでは概略のみ解説します。



1961年(昭和36年)春、高良鉄夫氏(琉球大学農学部教授)は、総理府の依頼で西表島の作物に害を与える動物(クマネズミやドブネズミなど)の調査を命じられ、西表島で調査を行っていました。
その時、高良さんは住民から西表島には「ヤマネコ」がいるという噂を聞きます。

「ヤマネコ」を捕らえたことがあるという猟師などに聞いたところ、毛皮や骨などは一切残っていなかったので、高良さんは西表島の小中学校の先生などに「ヤマネコがいたら教えて欲しい」と依頼しておきました。


その1年後、1962年(昭和37年)5月25日、高良さん宛に、生後まもないイリオモテヤマネコ2体のアルコール標本が届きました。
採取場所は仲良川上流の木材採掘現場で、木を伐採したら親ネコが逃げて、樹洞に出産された直後の仔がいたということでした。

しかしアルコール漬けの仔猫でははっきりとしたことはわからないので、その親猫について聞いたところ「体に斑点があって耳の先は丸みがあり、耳の後ろに白い模様があった」とのこと。
「耳の後ろに白い模様がある」というのはイエネコではあり得ない模様なので、これはヤマネコであろうことがほぼ推定されました。


さらに1年後の1963年(昭和38年)4月に、イノシシワナにかかったと思われる、仔猫のミイラが送られてきましたが、これも仔猫だったので、高良さんは標本を送ってくれた西表・網取中学校教諭、親富祖善繁氏に「ぜひ親猫の標本が欲しい」という依頼をします。

そして1965年(昭和40年)2月15日、高良さんのもとにまた親富祖善繁氏から「ヤマネコの毛皮」が送られてきました。
この毛皮の特徴から、高良さんはこのヤマネコを新種ではないかと推定しました。
この標本の発見については琉球日報に”「西表の怪猫」仮称イリオモテヤマネコ”として掲載されました。



この頃、動物文学者の戸川幸夫氏が、作品の取材のために石垣島へと向かっていました。

途中で那覇に寄り、以前から手紙のやりとり等で面識のあった高良さんに会い「西表島には未知のヤマネコがいるらしい。もし西表島に行くならデータを集めてくれませんか」と依頼されました。

戸川氏が高良氏に会ったのは高良氏に「ヤマネコの毛皮」が届く少し前、2/8頃のことでした。
戸川氏は石垣島で取材を行うはずでしたが、石垣島には求める題材はないと見てとり、西表島での取材に重点を置くことになります。


当時の西表島はアメリカの統治下にあり、本土から旅行をするにはビザが必要で、滞在日数も30日までに制限されていました。さらに西表島内の交通もかなり不便な状態で、東部と西部は陸地経由では行き来することができず、東部から西部に行くには船で石垣島に戻らなければならなかったのです。

悪天候も加わって移動に時間がかかり、なかなか「ヤマネコの物的証拠」が入手できなかった戸川氏ですが、滞在日数の切れる直前に網取中学校教諭の親富祖善繁氏に会うことができ、(高良氏に送った)毛皮を取った後に残っていた頭骨を入手することができました。
また、別の人が捕獲したヤマネコの毛皮を入手することもできました。


戸川氏は頭骨と毛皮を持って那覇へと戻り、高良氏に会いました。
高良氏が持っていた毛皮と戸川氏が持ち帰って来た毛皮には共通する特徴があり、ふたりはまずこの標本はヤマネコに間違いないと考えました。しかしこれだけで新種であるかどうかの断定はできません。

高良氏の在籍している琉球大学では資料もなく、また研究の体制も整っていないことから、高良氏は手持ちの毛皮も戸川氏に渡し「これを東京へ持って行って調べて欲しい」と依頼しました。



戸川氏は日本哺乳動物学会理事長の今泉吉典氏に”日本哺乳動物学会でこの「ヤマネコ」の鑑定をしてほしい”という依頼の手紙を出し、東京へ頭骨と2枚の毛皮を持ち帰りました。

そして1965年(昭和40年)3月14日、日本哺乳動物学会の例会で「この標本はヤマネコに間違いなく、しかも今まで知られていない種類である」という鑑定がされました。

しかし、これが全くの「新種」であるのか、あるいは今まで知られている種類の「亜種」であるのかについてはまだ研究する必要があります。その調査を任されたのが今泉吉典氏でした。

今泉氏はその後文献などで調査を進め、今まで発見されているネコ科と比較して、該当する「種」や「属」が見つからないことから
「イリオモテヤマネコは新属、新種である」と発表し、学名を"Mayailurus iriomotensis" 和名”イリオモテヤマネコ”と命名しました。

以降、今泉吉典氏をはじめとして、さまざまな人達がイリオモテヤマネコの研究に取り組んでおり、その生態も少しずつ明らかにされています。


注)最近のDNA調査では、イリオモテヤマネコはベンガルヤマネコの近縁の種とされており、イリオモテヤマネコは”新属、新種”であるとは必ずしもいえないようです。
種、属の分類については学者によって基準が違うため、”新種であるが新属ではない”とする人と”新種でも新属でもなく、ベンガルヤマネコの1亜種である”とする考え方があるようです。

種や属の分類によって学名は変わってきますので、現在は"Mayailurus iriomotensis"の学名を使っている学者はあまりいません。
一般的には「ベンガルヤマネコ属のベンガルヤマネコ種の亜種」として「Prionailurus bengalensis iriomotensis」が現在の学名とされています。
[ 投稿者:はなずきん at 23:22 | イリオモテヤマネコデータベース | コメント(0) | トラックバック(0) ]

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