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2012年08月14日
◆「戦争を伝える松」の看板のお披露目会!上田市教育委員会が、同市下之郷の東山市有林内に設置! 長野県 上田市

松脂採取痕跡松の看板設置
 【看板の横で体験談を語る伊藤さん(右)、松沢さん(左)】

 上田市教育委員会は6日、同市下之郷の東山市有林内に設置した「戦争を伝える松」の看板のお披露目会を現地で行った。
看板は付近に約40本残る松脂採取痕跡松を戦争遺産と位置付けて、平和教育に役立てるための解説文を記している。


 第二次世界大戦末期に日本は戦闘機などの燃料(ガソリン)が不足。軍部は松脂(まつやに)から燃料を作ろうと考え、全国的に推進した。この時に松脂採取後の松は幹に矢羽根のような傷が残っている。
 東山市有林内では平成15年6月にこの松の存在が確認されたが、松枯れが進んでいることから、ヤマンバの会(加藤千砂人会長、村山隆事務局長)が平成22年8月に保存と看板設置の要望書を市と市教委に提出。今回はこの要望が具体化された。
 お披露目会では設置された看板の横で松脂採取組合員として松脂を採取していた伊藤新治さん(85)=下之郷=と、子どもの時に松脂を採取する父親を手伝ったことがあるという松沢国和さん(72)=同=が体験談を語った。
 伊藤さんは当時組合員は約100人いて、1日に1人で一斗缶がいっぱいになるほど採取できたなどと証言。松沢さんは松の下から少しずつのこぎりで傷つけて松脂を採取することを続けることで、矢羽根のような傷痕になるなどと証言した。
 ヤマンバの会の加藤会長は「平和教育に役立てる仕組みを行政とともに作っていきたい」、村山事務局長は「今回は松が私たちに戦争を問いかけてくれたのだと思うので、この看板設置を今後の取り組みの出発点としたい」と話していた。
市教委によると、市内には鴻の巣、浦野、西内、下武石地区でも同様の松が確認されているという。


[ 投稿者:東信ジャーナル社 at 22:14 | ●うえだニュース(旧丸子町・旧真田町・旧武石村を含 ]

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