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2008年11月25日
本:愛と倫理:ディスコ探偵水曜日:舞城王太郎:☆☆☆



迷子探偵が時空を駆けるスーパーキッドナッパーになるお話。

読み終わったー。いやーよく分からんかったけどなんかすごいのを読んだ気がします。僕は読んだ小説の内容を、ざっくりした印象以外すぐ忘れるので自分でも困ってるんですが、大人版"SPEED BOY"という印象でした。「持ってうまれたもの」や「感じる」とかそんなことではなくて、「経験」と「考える」ことで自分の世界をつくってひろげて大切なものを守るしかないぜ。そんで自分が孤独だって悦に浸っている場合でもないぜ。新世界だってつくるぜ。それを大人がやらないで誰がやる。
忘れないうちに、と以下にだらだらと書きましたが、こーれは読んでない人にはまるきりわからないですぜ。メモに近い。

物語全体の構成だとか隠喩やらメタ構造とかは、基本的には僕の中で「言葉回しや文章のリズムが楽しい」くらいの位置づけでしかなく、きっと損してんだろうなー、とも思うけど、まぁそれはそれ、って感じ。文学史における位置づけとかは考えてると頭が煮える気がするので考えない。作中であんだけ考えろっていわれてんのに。ごめん。

その一方で、「(子供を含む)誰かが泣いている中で、それを自分のことではないからと割とのんびり生きている」っていう構図は、作品の中ではかなりショッキングな形で提出されるんですが、自分の生きてる世界だってそうじゃんね、と思う。そして、最終的に「弱いから仕方ないよね」、もっと言ったら、「弱いのが悪いんだよね」って思って見過ごしてる自分にも思い当たる。ここのところで、
 俺には誰かを愛するための愛情があり、それを小枝に注いでみたい。
 俺はそのために三億人の子供を見捨ててしまうことだってできそうなくらいだ。本当だ。はは。今の俺はそういうふうにする権利が人間にあるとすら思う。未来の人間が皆それなりに罪悪感を感じながら動かないみたいに、できる範囲で善意を尽くすだけで無理をせずにいる権利ってのは実際にあるはずだ。
 でも人間ってのは権利権利じゃない。大事なのは義務なのだ。護るべきは自分に与えられた確かな使命感なのだ。(下 p.434)
とまぁ主人公の「ディスコ・ウェンズデイ」が言うと。

なんでそんなこと言えるん?自分で作っている自分の世界に対するブレイクスルーってあんたどうやったん?っていう話になった時に、世界は、

点⊂線⊂面⊂空間⊂時間⊂意識⊂知⊂創造や発明⊂好き嫌い(⊂C)

って風に出来ていて、「世の中の出来事ってのは全部意思と運命の相互作用で生まれる」っていう作中の世界観を思い出して頭がついていかなくてぎゃーってなる訳だけど。でも、自分が「好き」か「嫌い」か、っていうことを自分でアホみたいに信じて、信じて信じて、自分だけができることを考えるその使命感が世界を変えんねん、ってことかなぁ。

そんで、じゃあその「好き嫌い」はどうやって出てくるのん?ていう時に出てくるのが「水星C」で、変な名前ですが小柄で乱暴で異常に強い柔道マンで、主人公が信じようとしたりやってやろうって思った時に出てくる「疑い」や「怖れ」にやられそうになる時に、ハッパをかけたり叱咤したり殴ったり、果てはそれをまるごとぺろりと飲み込んじゃったりするが、こいつがこう呼ばれる。「全てをパックリ飲み込む超越のC」。あいつなんなんだろうなぁ。あいつもディスコの「気持ち」なのかなぁ。だとしたら愛…?えー?やっぱ違うよなぁ。うーん。とかつらつらと。結局最後の所でまだよくわかってないけど、面白かった。

とりあえず、そろそろ自分で追いつけなくなって来てる気がしますが、舞城王太郎は、今僕らに必要なことを書いてるし、なんかすごいところに行きつつあるのは感じます。これからの作品も楽しみ。


[ 投稿者:guerrero at 18:50 | book_review:☆☆☆ | コメント(2) | トラックバック(0) ]

2008年09月13日
本:地元:ハゴロモ:よしもとばなな:☆☆☆



帰ろうかなやめようかな。

東京での愛人生活に終止符を打たれた主人公が、実家のある川の多い街で、抜け殻になった心身を癒す話。自分で人生を選択しなくては、とか、自分を型に嵌めちゃだめだ、とか、知らぬうちに肩に力入っちゃってることってあるじゃないですか。その辺をほぐしてくれる楽しいおとぎ話でした。よしもとばなな初めてちゃんと読んだんじゃなかろうか。面白かったです。

[ 投稿者:guerrero at 15:39 | book_review:☆☆☆ | コメント(0) | トラックバック(0) ]

2008年08月18日
本:こういうこと:ぬるい眠り:江國香織:☆☆☆



『きらきらひかる』のその後を描く「ケイトウの赤、やなぎの緑」を含む短編9編。

なにはなくとも「災難の顛末」のインパクトが大きくて。
起こってることそれ自体が想像すると恐ろしい、っていうこともあるんだけれど、

他から見たら大したことではなくて、
おそらく後になったら自分も大したことじゃなかったな、
って思うようなことが理由で、
とても大事なものを損なってしまうってあるじゃないですか。

題材としてはそんな感じなんですけどね。いやー。ノミこえー。

禍福はあざなえる縄のごとしじゃないですけど、
一寸先は闇じゃないですけど、

「ラブミーテンダー」を読んで、
「災難の顛末」を読んで、
「とろとろ」を読んで、
「夜と妻と洗剤」を読んで、
「清水夫妻」を読んで、
「ケイトウの赤、やなぎの緑」を読んで、

ってな感じで読み進んでいくと、なんというか、
愛だか恋だか知らないけれど、こりゃどうしようもねぇな、みたいな。
そんな感慨をもちました。

おもしろかったです。

[ 投稿者:guerrero at 04:50 | book_review:☆☆☆ | コメント(0) | トラックバック(0) ]

2008年08月09日
本:これどうなってんの?みたいな:零崎双識の人間試験:西尾維新:☆☆☆



人種「人殺し」な人達の物語。

裏社会における人殺し達のグループである、7つ?の「殺し名」とか、
そういうのは割とどうでもよかったんですけど、
「殺し名」の一つ、零崎っていう名字を名乗っているグループの成員が、

「人と見たら殺さずに居られない」

ってのは、面白い設定だなぁ、と楽しみました。
かけ合いやキャラ付けも『化物語』より僕好みでおもしろかったです!

もう、辛抱たまらず殺したくなっちゃうっていうのは、
どっちかというと、人の命とか生に興味がないって言うより、逆に、
興味津々だから、殺したくなっちゃう、ってことがあるのではないか、
と。そんなノリでね。にっこにっこ読みながらせんのないことを考えました。

そういう意味で、「人間試験」であるこの作品が、
シリーズ(『零崎軋識の人間ノック』、『零崎曲識の人間人間』)の中でも、
一番興味深かったです。つうか他のはまぁそれなりでした。
人間試験があったから残りもなんとか読めましたみたいな。





もっと他の、殺し屋(人殺し?殺人鬼?)もの?みたいのちょっと読んでみようかなぁ。

[ 投稿者:guerrero at 00:10 | book_review:☆☆☆ | コメント(2) | トラックバック(0) ]

2008年07月30日
本:沈黙:吉本隆明の声と言葉。:ぼくは落ち着きがない:長嶋有:☆☆☆



最近、ほぼ日刊イトイ新聞で、吉本隆明大プッシュじゃないですか。

僕は、それこそ糸井重里との対談集である『悪人正機』とか、
あとは大塚英志との絡みとか、そんなんでなんとなく知ってるだけなんですけど、
つうかネパールだからDVD注文するとかないわー、みたいな感じなんですけど、

「言葉の根幹は沈黙である」ってテーマに、最近ひっかかてます。

ひっかかってるってのは悪い意味でなくて、
なんとなく事あるごとにそれについて考えてしまうんですね。
そう考えてみると、「何事も10年毎日続ければ一人前ですよ」みたいなことを、
たぶん、『悪人正機』で吉本隆明が言ってたのにも長いことひっかかっていて、
もやもやしてることをどんと言い切ることと、それに至る経緯を思って、
なんだか気が遠くなりそう。あのおじいちゃんすごいな。

それで、「言葉の根幹は沈黙である」ことにひっかかりつつ、たとえば、
読解アヘンのウェブ漫画の「堀さんと宮村くん」なんかを読んでると、
登場人物の台詞が出る吹き出しのそばにちょろっと書かれてる言葉とか、
吹き出しでなく、四角く囲まれてる言葉、たとえば、
ええと、131話目の、

「秀、宮村 生理だから…」(←いちかばちか)

みたいな。89話目の、

「来たな勇者一行!」

[仲間に入りたいオッサン]

[ちなみにボス]

みたいな。こういうの読んでても、
これは、言葉に出されてない、沈黙の部分を表そうと、
意識的にか無意識でかやってんだろうなぁ、とか思いを馳せちゃうんですよね。(←恋)

そしてですね、こっちが本題なんですけど、
小説ってみんなそうじゃん、って気もするんですけど、でもやっぱ特に、
長嶋有の作品て、言ったことと言わなかったことばっか書いてあるじゃないですか。
あるんですよ。ちょっと長いですけど、
「別に……」といいかけて、考える。正確に返答したいと思ったから。自分は海外の文学ばかり読んでいるわけじゃない(それこそ、電気グルーヴを又貸ししてあげたい)。海外の文学は立派で高尚で、だからそれを読み込む人は作家になる、そういう見立てだとしたら、たくさんの言葉を費やしてでも誤解を解きたい。
 本は、すべて、ほら、ほぼ同じ形をしている。目の前の、返却された本のいくつかを手にとってみる。ライトノベル、ギターの弾き方、幽霊探偵。すべて表紙がついて、綴じられて、活字が行になって並んでいる。本を読む人の格好も、ほとんど同じになる。だけど、そのすべてに全然違うことが書いてあるし、読んでいる人の心の格好もバラバラになるだろう。
 そういえば文学好きで、ベストセラー本を馬鹿にする人がいるけど、そんなのおかしい。クラシック好きが演歌を馬鹿にしているようなものだ。
「私たちの好きな本を馬鹿にしている」という綾の感じ方は、だからこそ発生する。それは逆に言うと、望美が読んでいる本を差別している考え方でもある。
 文学と言うジャンルがあるとして、それが立派そうにみえるのだとしても、それはやはり外側からの見立てでしかない。下らない文学は、どこまでも下らない。過激なのも、笑えるのも、無為なのも、エロいのも、いくらもある。
 だけど「過激で笑えるんだよ」と啓蒙しても仕方ない。その本を手に取った人が文字を目で追って、そう感じた時に初めて、過激さや笑いはこの世に(その人の心の中という「この世」)に生じる。生じるのは「その時」だけだ。
 だからやはり、誤解を解くのは難しい。外側からみて立派にみえてしまう行為らしいことに、望美はいつまでも戸惑わなければならない。
 また、この学校の図書室で文学作品を率先して読む(望美自身の希望で入荷する)のは、高校生の小遣いで買うには値段がやや高い(特に海外のそれは)からでもあるし、放っておくとすぐに書店からなくなってしまうからでもある。
「下らない本も読むよ」結局、能見さんにはそれだけいった。樫尾に断って、あの本を貸してあげよう。(pp. 164-165 筆者が傍点を下線に改変)
こんな感じで。言葉に出してるのは「別に…」「下らない本も読むよ」だけ。
沈黙が根幹てこういうことかなー、だよなー、きっとー、とか読んでて思いました。
結局、言葉にするのが難しかったり、面倒だったりで、手近な言葉で済ませちゃうとか。
黙るとか。
へらへらするとか。

すごいねーとか言われて、

「いや〜…」(そんなことないっす)

(いや本当に。だって〜(色々理由を頭に浮かべる))

(ていうかここで大したことない理由をとうとうと述べるって自意識過剰じゃね?)

(相手べつにそこまで思って「すごいねー」て言った訳じゃなくね?求められてなくね?)

(なんか面白い感じにして誤摩化すのがよくね?)

「そうだろうすごいだろう」(感じ悪い)

みたいな。

上の引用文では、僕みたいにひねくれた思惑(求められてなくね?)はないですけど、
こういう風に人は日々生活してるんだろうなぁと。ぼんやりと。

今この文を書いているこの時だって、

(つうかこれきっと吉本隆明の言ってた「言葉の根幹は沈黙」と多分違うぞ)

(いやでも、そこから自分が連想した事柄だからいいじゃんか)

(でもそんなん求められてないぜ。つうかさ、そんなん当たり前じゃね?)

(なんかもうさ、それこそ「吉本隆明」すげぇ!長嶋有おもしれぇ!って一行だけ書いた方がよくね?根幹は沈黙だよ)

みたいな、そういうことを考えて、本当にそうしようかと思いましたもんね。

でもやっぱり、沈黙が根幹て思うことによって、またそこから、
枝葉である言葉の価値にも思いを馳せるってなもんで、表すのも大事。
なので、なんかこのエントリー、力及ばずすごい読み難くなってるけどまぁ仕方ない。

あ、あと、ここで、「沈黙大事!」てのが、
「行間読めよ!」とか、「空気読めよ!」みたいな、KYさむーいっていう感じの、
小さくまとまった価値観とかグループに依存してる、
逆にキモい価値観にならないようにしないとな、
それってどうすべな、などとも考えます。
KYの沈黙と行間と空気をお前が読めよ。って話なのかな。
想像力と思いやりと謙虚さ大事。(当たり前)

さらにあと、表紙絵描いてる衿沢世衣子の『おかえりピアニカ』面白いよ。





『向こう町ガール八景』も面白いよ。

[ 投稿者:guerrero at 14:26 | book_review:☆☆☆ | コメント(0) | トラックバック(0) ]

2008年05月22日
本:オリエンタリズムのその前後:ゴサインタン:篠田節子:その3:☆☆☆

赤の陋屋とかみどりのろうごくblogのアトさんから勧めていただいた、篠田節子、『ゴサインタン』。
記事の並びがなんだかネパールブログっぽくなっておりますがその3です。

読む前の印象はこちら
その1はこちら
その2はこちら

感じたことの3つ目は、

3)無関心 → 怖い → これは良いものだ!(オリエンタリズム) → まぁ、違うけどそれはそれでね、という他者の受容過程の表現

長い。長いけどこんなことでした。

この小説は、主人公の世界観と、ネパールの山岳民族である、
「淑子」、カルバナ・タミの世界観の間にある差異が、
主人公の視点から語られていくっていう流れなんです。

その移り変わりが、ちょっとループしつつ、上の順序になってる、と。
サイードの言ったオリエンタリズム自体をちゃんと理解してないかもなんですが、
ヨーロッパ世界の中での、異物としてのオリエントに対する憧れ、それ自体が、
固定化された優越感と結びついてんだ、みたいな話だと僕は思っています。

最初、ネパールがどんな国かも興味がなくて、
自分が昔好きだった女性の名前である「淑子」という名をつけたりして、
カルバナさんを日本化しようとする、というか、それほどの意識もない主人公。
→【無関心】

そのうち、日本語がさっぱり上達せず、
日本社会に全然馴染まず、さらには神懸かりになったりする「淑子」を、
こいつなんなんだ、と自分の世界観からみて、不気味に思う主人公。
→【恐怖】

この後に、【これは良いものだ!(オリエンタリズム)】が来ると。
そのタイミングは2つあって、日本で、勝手に家の財産をがんがん人に分け与えて、
どんどん旧家を没落させていく「淑子」の中に神をみた時と、
失踪した「淑子」もといカルバナ・タミを探しにネパールの山に単身分け入った時。

このタイミングが2つあるのが、
この小説の肝のような気がしてるんですが、
でもその理由を言葉にできないなぁ。もどかしいなぁ。

でも、ここはそういうブログなので、
出来ないことはとりあえず出来ない感じで置いといてですね。

そして最後、ネパールの山村をうろつき回る中で、
なんかもうこれは日本より遅れてるとか、いやいや日本より良いぜ!とか、
そういうことがどうでもよくなると。
→【違うは違うけど、まぁそれはそれでね】

小説がこのプロセスをなぞって行く中で、
この作者はどこに落としどころを持ってくるんだろう、
これが出た時代的にも、まさかネパール最高!みたいになるんじゃないだろうな、
などと、それぞれの段階が、えらい極端というか、生々しくて、
読んでいて、それぞれの段階で、それぞれに非常にそわそわしたわけですが
(その点でもオリエンタリズムの2つのタイミング大事だなぁ)、
とても共感できるものでした。

やっぱり、怖いから攻撃するし、怖いから過剰に肯定したりするんだと思うんですよ。
別に、他者と付き合う時にそんなに肩に力入れる必要ないし、
入れない方が楽しいと思うんですよね。
でもそれは、最初からは、なかなか大変ですよね。でも頑張る価値はある。
そんなような、とりあえず一回目の読後感でした。

いやー面白かった。
解説読むと、これ三部作みたいになってるうちの一冊みたいじゃないですか。
これは読むしかないぜ。アトさんありがとうございました。

[ 投稿者:guerrero at 00:33 | book_review:☆☆☆ | コメント(0) | トラックバック(1) ]

2008年05月19日
本:カラマーゾフの兄弟を思い出した:ゴサインタン:篠田節子:その2:☆☆☆

ノラ猫日記とか赤の陋屋のアトさんから勧めていただいたゴサインタンの感想その2。

読む前の印象はこちら
その1はこちら。つっても真下ですが。

読みながら、また読んだ後に感じたことの2つめは、

2)怖い人生を生きるための宗教もしくは神

むかーしに、僕は一人でぼーっと考えているうちに、
「宗教ってのは生きるのがしんどい人のためのものなんだなぁ」
という着想を得て一人で盛り上がっていたことがあって、
その後、カラマーゾフの兄弟を読んで、そのままの事が書いてあって、
「そりゃそうだよなぁ。そりゃみんなわかってるよなぁ」
と落ち込んだことがあります。

でも、その考えが、誰かから与えられたものではなく、
自分で考えて捻り出したものだったことが、結構嬉しかった。
その喜びは、今だに、僕の心のありように割と大きな影響を与えています。

まぁそれは良いんですが、ゴサインタンでは、
神懸かりになった和名「淑子」に傾倒する人達がでてきて、
小さな宗教集団みたいのができたりします。
それは、障害者の子供を産んだが故に家庭の居場所を失った女性や、
前科持ちでアル中でしかも不治の病に犯された男性やなどなど、
そんな人達。

この人達が、最初、「淑子様」をどうやって生神らしくするかに、
これでもかと執着するんですね。
自分たちが信じるものが、ひいては自分たちがすごいんだ、
って言うことを内外にアピールしたがる。それで安心したがる。

これが、時を経るに従って、自分たちの生活様式を確立していく従って、
段々彼らの間でどうでもいいことになっていくんです。
最終的には、「淑子様」が宣託を皆に与えることが出来なくなっても、
さらには居なくなっちゃっても、割と大丈夫に。

神様が居なくなっちゃっても大丈夫なったのが、
人生(世界)が怖くなくなったからじゃないかなぁ、と思うんですね。
小説の流れとしては、ご都合とは言わないまでも、えらい簡単に上手くいってんなぁ、
みたいな印象もあるんですが、弱いもの同士の寄り合いが、
弱いもの同士であるが故に、お互い怖くなくて、お互い許し合えるようになり、
結果としてその集団の外ともうまくいくようになる、っていうのは、
そんなに違和感はない話でした。気がついたらすがるものがなくても案外大丈夫。

これは後々書き直していく文章になりそうだぞ、と思いながらも今日はここまで。

[ 投稿者:guerrero at 02:02 | book_review:☆☆☆ | コメント(0) | トラックバック(0) ]

2008年05月18日
本:通じない怖さ:ゴサインタン:篠田節子:その1:☆☆☆

みどりのろうごくblogとか、ノラ猫日記(最近ちょっと寂しい感じですね…)とかの、アトさんから勧めていただいた、篠田節子の『ゴサインタン』。
先日読み終わりました。

読む前の印象は、こちら

日本の農家の次男坊が、斡旋業者みたいのを通してネパール山岳民族の嫁をもらってみたら神懸かりになってさぁ大変、でも、なんか俺幸福かも?というか、幸福かどうかとか別にどっちでもよくねぇ? ってなるという、そういうお話。

この作品を読んで僕が感じたのは、
「わからないので怖い」ことについての小説だなぁということでした。
そう思わせた要素っていうのは、大きく3つあって、

1)言葉が通じない人と話す時の相手の無反応さからもたらされる恐怖感のリアルな描写
2)怖い人生を生きるための宗教もしくは神
3)無関心 → 怖い → これは良いものだ!(オリエンタリズム) → まぁ、違うけどそれはそれでね、という他者の受容過程の表現

1)は、主人公の農家の次男坊が、何を言っても乏しい反応しか返さない嫁に対して、
俄にいきり立って殴る蹴るの暴行をおこなうところがあるんです。

僕も前に、朝起きてみたらホテルの裏庭がなぜか掘り返されていた時があって、
「お前これどういうことやねん!」とか叫んでも、相手無反応で。
作業してる人達は英語分かんなくて、僕もネパール語話せなくて。
でもまぁ「おいおい!」って言ってるのは伝わるだろうと思うじゃないですか。
でも彼らちらっとこっちを向いた後に作業を再開しだしてですね。
僕ってそれほどいきり立つタイプでもないんですけど、
あの時はむちゃくちゃ怒ってました。かーっと頭に血が上るってこれか、と。
あれって怖かったからだ思うんだよなー。主人公も怖かったんじゃないかなぁ。
これって、言葉が通じる相手でもあるよなぁ、最近の若いもんは!みたいな。
などと。

小分けにしていきますよ。続きは後日。

[ 投稿者:guerrero at 00:33 | book_review:☆☆☆ | コメント(2) | トラックバック(0) ]

2008年04月26日
本:神の座だった:まだ未読:ゴサインタン:篠田節子:☆☆☆


先日アトさんに勧めていただいた篠田節子『ゴサインタン』。

タイムリーに日本から来る同僚に買ってきてもらうよう頼み、日付が変わって昨日、手に入れました。

感想などは読み終わった後に追記します。ハードカバーの方の装丁に、より迫力を感じるのは、僕がヒマラヤを見慣れたからってだけではないでしょうね。


こええ。黒枠がこええ。

[ 投稿者:guerrero at 03:58 | book_review:☆☆☆ | コメント(0) | トラックバック(0) ]

2008年04月23日
本:繰り返す:泣かない女はいない:長嶋有:☆☆☆


ナイス装丁。

『猛スピードで母は』で芥川賞とったんでしたっけ。『サイドカーに犬』でしたっけ。

実はブルボン小林でびびった、っていうエントリーをいつだか書いた気がするんですが、あ、これだ。

閉じている馴れ合いと、開いている馴れ合い、その双方を、外から眺めているような静かな作品。

「曲がってっけど、最初から作り直すのもあれだしこっからバランスとるんでよくねぇ?」みたいにしてなんとなく数百年もっちゃう、っていう、ピサの斜塔のような生活って、ちょっと前に僕が長野に住んでいる時にはまだまだあって。
そして、その生活が段々と責任と覚悟を求められるようになっていく、ってのも僕が長野に住んでいる時にあって。なんだかやたらとリアルでしたね。

真ん中へんでふらふらしてる、っていうのは、なんだかんだ言って悪くないんじゃないかと思いますよ。

ちょっぴり絶望しているくらいでちょうどいいじゃないか俺達は。

[ 投稿者:guerrero at 02:43 | book_review:☆☆☆ | コメント(0) | トラックバック(0) ]

2008年03月30日
本:ゴールデンスランバー:伊坂幸太郎:☆☆☆



読了.ごちゃごちゃと印象をば.

まず,僕がこの小説のテーマとして一番注目したのが,「逃げる」ことでした.逃亡元は,世間からであったり社会からであったり世界からであったり国からであったり.設定的には首相暗殺の濡れ衣,という「巨大な陰謀」ですね.「首相暗殺の濡れ衣を着せられた男は,『巨大な陰謀』から逃げ切ることが出来るのか?」って帯の文句ひでぇなぁ.

それで,なんというか,「逃げる」ことや,「逃げない人」が「逃げろ逃げろ」と自分でない人に言う,っていうのは結構大変だろうと思うのですが,その辺が「元からこういう人なんです」ってきれいにすっ飛ばされている.これ自体は伊坂幸太郎の作品ではだいたいそうなんですが,落語的なパラダイスでない状況の中だと,逆に地に足がついていない感じに.なんでそれが言えるのか,っていうのがいまいち納得できない.

ここのところがしっくりこなくて,もしや,帯の「伊坂的娯楽小説突抜頂点」っていう,なんて読むのか分からない上になんとなく品のない謳い文句そのものな作品なのか,みたいな不安な心持ちに.軽妙洒脱というか軽い後味.思うところなしで,小説の中だけでもいい気分になりたいじゃん?って言われてるような.

『重力ピエロ』とか『チルドレン』とか,前の作品からなんか逆戻りしてねぇか?っていう.それとも,前の作品はこういうのを踏まえた上で書かれた訳ではなかったのかもしや?ってちょっと思った.

「逃げる」にあたって用意されてる装置もえらい大仰で(ケネディ暗殺事件がモチーフ),もっと小さく「逃げる」のがテーマ的に大事なんでないか,って思ったり.やはり伊坂的娯楽小説突抜頂点?それくらい危機感もってんだ,っていう方だと良いなぁ.

群像劇ぽいというか,色んなところで色んな人達がそれぞれの時間にそれぞれに動いて,それが絡み合っていく,っていうスタイルは,それほど練られてるっていう感じでもなく,割と情緒的に繋げました,って感じですけど健在です.

思い出(もしくは過去)の丁寧な描写が,逃避行中の切羽詰まった雰囲気に対して,西瓜に対する塩みたいな働きはしているんですけど,どっちかというと,「これこれ,これを待ってたのよ」みたいな感じで伊坂節が楽しめた,っていう働きの方が僕にとっては大きかったかもしれぬ.

それにしても,「逃げた人(達)」ではなく,「逃げる人」を描いた作品となると,俄然違和感を感じたのはちょっと面白い.

まぁ,それでも、なんだかんだ言いながら,僕が伊坂幸太郎を好きなのは、

「分かるのか?」青柳雅春の父が短く言い放つ。目はじっと、女性リポーターを見ていた。「信じたい気持ちは分かる? お前に分かるのか? いいか、俺は信じたいんじゃない。知ってんだよ。俺は知ってんだ。あいつは犯人じゃねえよ。」(p. 430)


みたいな,人はこういうことでちゃんと感動するべきだ,っていう心意気が感じられるから.思い切り泣いたり笑ったりしようぜ.

[ 投稿者:guerrero at 22:50 | book_review:☆☆☆ | コメント(0) | トラックバック(0) ]

2008年02月11日
本:真剣に柔軟に:やがて哀しき外国語:村上春樹:☆☆☆


文庫本の書影に,いつのものとも分からぬ出版社のフェアの帯がついていて装丁が台無しなのでハードカバーの方を,と思ったら今度は小さい画像しかなかったという.
それにしてもこれひどいなぁ.アマゾンてすごい便利だけど,こういうところをないがしろにするのってどうなんでしょうね.それとも出版社がこれしかくれなかったのか.

昨日書いた『インド旅行記1』と一緒に買って,またそれに対してぐいぐい読めたこちら.日本にも一冊持ってるんですけどね.
「見たものを伝えようとする」という点で,旅行記,もしくは滞在記というジャンルは,ある種のブログに似てるなぁ,と思いながら,つらつらわしも考えた.

まず,ぐいぐい読めた理由は,もちろん,誰あろう村上春樹の文章だぜ,ってのもあるのでしょうが,以下に引用する文章みたいなことが,理由なのかなぁ,などと思いました(傍点がここのスタイルシートでフォローされていないようなので,かわりに僕が下線を引いています.まずかったら教えてください).

通り過ぎる人には通り過ぎる人の視点があり、そこに腰を据えている人には腰を据えている人の視点がある。どちらにもメリットがあり、死角がある。かならずしも、第一印象で物を書くのが浅薄で、長く暮らしてじっくりものを見た人の視点が深く正しいということにはならない。そこに根を下ろしているだけ、かえって見えないというものだってある。どれだけ自分の視点と真剣にあるいは柔軟にかかわりあえるか、それがこういう文章にとっていちばん重要な問題であると僕は思う。(p. 275)


これは,『やがて哀しき外国語』の,「やがて哀しき外国語のためのあとがき」にある文章なんですが,引用文の中でも,

どれだけ自分の視点と真剣に、あるいは柔軟にかかわりあえるか

の,「柔軟に」の部分が特に僕は気になるお年頃.むしろ,僕は,この部分がないと読んでて辛い.『インド旅行記1』は辛かった.

ここのところをもうちょっと突っ込むと,見たものについて書くときに,「結局書いてるのは自分のことだ」という感覚も結構大事な気がします.例として,『インド旅行記1』と,『やがて哀しき外国語』それぞれのまえがきを引用してみますと,『インド旅行記1』が,

ある映画の撮影で疲れてしまった女優の個人的な目線という、偏ったフィルターが介在していることは、否めないものの、多種多様な価値観が混在するインドのほんの一部分を本書で味わっていただければと存じます。(p. 9)


とあるのに対して,『やがて哀しき外国語』では,

僕はここに収められた文章を書くことによって、様々なものごとについて僕なりにあれこれと考えることが出来た。しかしほとんどの局面において結論みたいなものは出ていない。だから残念ながら、これは「読めばすらすらアメリカがわかる」というような役に立つ本ではない。まあ何かの「足し」くらいになれば、著者としては本当にありがたいのだが。(p. 21)


とある,この感じ.

個人的な旅行記,もしくは滞在記が,本来的にフィルターを通して見たものについて書く文章であることを踏まえて考えると,フィルターを通して見ているのに,一部分であるにせよ,「多種多様な価値観が混在するインド」を,つまりインドについての真実らしきなにかを味わわせようとしている,自分のフィルターの向こうに,「真実のインド」みたいなものがあると思っていそうな文章は読んでいて辛い.

『インド旅行記1』が,「ある映画の撮影で疲れてしまった女優がインドを旅行する姿」を書く,っていう意識で書かれていたら(もしくは編集されていたら),だいぶ違ったんじゃないかなぁ,などと思います.

まぁ,女性の旅行記を男性である僕が読んでいる,っていう辺りにものれなかった理由があるのかもしれないです.一番近しいところでは奥さんが楽しんで読んでましたしね.

[ 投稿者:guerrero at 21:17 | book_review:☆☆☆ | コメント(0) | トラックバック(0) ]

2007年12月06日
本:上と外:恩田陸:☆☆☆


僕は一時期中南米の考古学の研究がしたいと思っていたりもしたので、なんだか普通の街の描写とかの時点で嬉しいような悔しいような微妙な気分になります。

まだ読み終わってないのですが、身体的な描写と不思議なことの描写の間に夢うつつな状態が挟まって書かれてるんですが、なんかちょっと唐突な感じが。どうなるんだべな。

無理やり更新しながらペースを掴もうとする試み。

[ 投稿者:guerrero at 02:33 | book_review:☆☆☆ | コメント(2) | トラックバック(0) ]

2005年08月26日
本:ぶっせん:三宅乱丈:☆☆☆

全6巻.詳しい話は書けないのです.なぜなら,6巻が新刊で売ってなくて,古本だと,(アマゾンで調べたところ)3000円以上するから.1巻から5巻しか持っていなければ読んでもない.連載時に読んでたけど覚えていない.
 


えー.なんで6巻だけそんななんだ.1巻から5巻は普通に売ってるのに.意味わかんねーよー.なんだよー.ていうか,リアルタイムで読んでたのがそれほど昔だと言う感覚が無かったのですが,これって1999年〜2000年に連載してたのですか.2年前くらいの感覚でしたよ.考えてみれば,なんとなく覚えているだけでも『ぶっせん』の後に『ペット』と『大漁!まちこ船』があるしなぁ.『ペット』は割と長くやってた気がするもんなぁ.しかしこれ前の世紀ですよ.うわぁ,そう考えるとすげぇなぁ.21世紀を生きてる事を俄かに思い出した.

それにしても,3000円はないよなぁ.

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2005年08月05日
本:ぶっちゃけ:東京タワー オカンとボクと,時々,オトン:リリー・フランキー:☆☆☆


リリー・フランキーの本を初めて読みました.それまで,ヴィレッジ・ヴァンガードでバイトしていた時などに,他の人が『女子のいきざま』とかに書いたポップを見て,なんとなく興味はあったのです.
が,これまたなんとなく購入するには至っていませんでした.

僕は,個人的事情から「家族」に焦点を当てたもの,もうちょっと細く分類すると母子家庭を扱ったもの(ペドロ・アルモドバルの『オール・アバウト・マイ・マザー』とか)に弱いという特徴を持っています.
読み終わって,末永く僕の心の中に残る作品になるだろうな,と思いました.

※ちょっと続きを書きました(2005/08/06)

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[ 投稿者:guerrero at 01:48 | book_review:☆☆☆ | コメント(1) | トラックバック(0) ]

2005年07月30日
本:読み途中:東京タワー オカンとボクと,時々,オトン:リリー・フランキー:☆☆☆



pp.48-49でも涙ぐんだ.





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本:読み途中2:東京タワー オカンとボクと,時々,オトン:リリー・フランキー:☆☆☆

p.17ですでに涙ぐんだ.





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2005年07月02日
本:ありがとうともだち: 内田麟太郎(作):降矢なな(絵):☆☆☆


最近,ある筋から沢山絵本を紹介されます.『あらしのよるに』とか,この『ありがとうともだち』とか.絵本は,よく言われる「小学3年生にわかるように書く」など,いわゆる文章の書き方の基本に本来的に則ったものですよね.だからでしょうか,大事な事をシンプルに伝えるという点で大人向けの本よりも優れた作品がごろごろあるなぁ.

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2005年06月28日
本:九十九十九:舞城王太郎:☆☆☆


ちょっと,『九十九十九』に首ったけ.昨日今日と更新さぼってしまっています.いらして下さった方々ごめんなさい.


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2005年06月11日
本:魔王:伊坂幸太郎:エソラ:台北迷路:吉田修一:☆☆☆


「ピュアな物語雑誌」と銘打たれている,『エソラ vol.1』の巻頭に収録されています.新創刊ということで,伊坂幸太郎でどかんときたというところでしょうか.しかし,真鍋昌平の「呪縛霊」は果たしてピュアなのか.ピュアなのかもなぁ.『バカとゴッホ』の加藤伸吉の短編なども収録されています.僕としては,なんとなく期待している雑誌です.

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2005年06月02日
本:Sports Graphics Number Plus June 2005:文芸春秋社:☆☆☆

本じゃなくて雑誌なのですが,面白かったので書きます.文芸春秋が発行している,骨太なスポーツ雑誌,『Sports Graphics Number』の,特別保存版みたいなやつですね.隔月刊か季刊かと思います.
今回の特集は,「欧州蹴球記 辺境からやって来た偉人たち。」です.シェフチェンコ.イブラヒモビッチ.ダフ.二人のキーン.グドヨンセン.マジックマジャール.
サッカー好きじゃない人も,今回の特集は面白く読むことが出来ると思います.コンビニででも見つけたら,是非読んでみて下さい.

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2005年06月01日
本:村上かつら短編集1:村上かつら:☆☆☆

『ビッグコミックスピリッツ』誌上で,『サユリ1号』,『CUE』を連載していました.僕が初めて村上かつらを知ったのは,『サユリ1号』です.開き直れない若者の生々しい生態を見事に描く漫画家だと思います.『CUE』はまたちょっと違いますが.面白くなりそうってところで終わっちゃったなぁ,『CUE』.

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2005年05月28日
本:巷説百物語:京極夏彦:☆☆☆


京極夏彦の,山岡百介が主人公の方の作品です.語られる時代は幕末ちょっと前辺りの江戸時代.まだまだ巷に妖怪が元気に跳ね回っていながらも,なんだか彼らにとって居心地が悪くなりそうな気配もする時代です.『嗤う伊右衛門』にも出てきた,御行の又市が出てきます.アニメ化もされました.

 

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2005年05月27日
本:やわらかな心をもつ:小沢征爾・広中平祐:☆☆☆

日本を代表する指揮者と数学者,小沢征爾と広中平祐の対談をまとめた本です(文庫:新潮文庫).最近古本屋で100円で買ってきて,読んで読んで読みました.非常に感銘を受ける本です.

(※リンク切れによりリンク消去)

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本:おれは権現:司馬遼太郎:☆☆☆


司馬遼太郎大好きです.僕の半分は司馬遼太郎で出来ていると言ったらだいぶ言い過ぎです.息子かと.もう好きな作品は星の数程あると言ったらまたしても言い過ぎですが,山のようにあると言ってもそれほど言い過ぎではありません.
 

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2005年05月26日
本:陽気なギャングが地球を回す:伊坂幸太郎:☆☆☆


昨日読みはじめて,今日読み終わりました.『陽気な〜』は,『オーデュポンの祈り』,『重力ピエロ』に続いて,僕が読んだ3つめの作品になります.『重力ピエロ』の紹介に,「今までの伊坂幸太郎の集大成」みたいなことが書いてあった理由がなんとなくわかりました.

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[ 投稿者:guerrero at 23:04 | book_review:☆☆☆ | コメント(0) | トラックバック(0) ]