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2015年01月18日
雷鳴
SH3K0378_trim_3

(画像は作品の一部です)

2010.01.10 - 2015.01.12。
本画に着手してまる5年、アイデアスケッチなんかの構想から含めると約6年半。
その間、震災やら転職やら色んな事がありましたがようやく完成!

積乱雲と夏の空、ねこじゃらし、金魚を題材に描いたこの作品。
名前は中盤くらいからこれに決めていました。

かれこれん10年以上前、初めて関東で迎えた夏の蒸し暑さは衝撃的で。
その湿気は故郷の信州ではあり得ないものだったので、暑さで感覚が狂ったのかなんなのか「空が白い」と感じたものです。
こんなに湿気っていたら金魚だって空で泳げるんじゃないかとさえ。

そんな妄想から生まれた作品ですが、登場させたモチーフは全て子供の頃から見慣れてきたものばかり。
(当時実家では水槽で金魚を飼っていたのです。)
人から指摘されて気付いたのですが、子供の目線で描いた作品です。
世の中絶景と言われる景色、誰からも美しいと認められる高嶺の花。
でも、私が描きたいと思うものはもっと手元足元にあるもの、あったものたちの美しさなのかもしれません。

一筆加えるごとにより描きたいものが明確になっていくので、追求していくうちにあっというまに5年経ってしまいました。
終盤はとうとう始まってしまった老眼との戦いでしたが(汗)

この作品はいずれちゃんとしたお披露目の場を設ける予定です。
その日のために、今は一部掲載に留めることにしました。
[ 投稿者:絵 at 21:45 | 描く | コメント(0) | トラックバック(0) ]

2014年11月02日
ライチョウのためにわたしができること
20141102_スバールバルライチ

ある生き物を描いている/描きたいと思っている と、その生き物についてもっと知りたくなります。
私が思うに「知る」にも色々あり…
絵描きの「知る」と科学者の「知る」そして飼育(栽培)者の「知る」は違うような気がします。もちろんかぶっているところもあるだろうけど。

絵描きの「知る」は自分ひとりでもできるけれど、科学者や飼育(栽培)者の「知る」はその世界の人たちから教えてもらわないとわかりません。そしてわたしは科学の世界も大好きで、知りたいのです。
本を読んでもいいけれど、人のことばもとても大切。

こんな素人にも絶好の機会がありました。
「第15回ライチョウ会議東京大会 シンポジウム「ライチョウのために動物園ができること」」
http://www.tokyo-zoo.net/topic/topics_detail?kind=event&inst=ueno&link_num=22511

ライチョウ大好きなのですが、山登りにはトラウマがあってどうしてもする気になれず、そのため肉眼で観た事がありません。
いつかは…とは思っているのですが、その前に絶滅してしまうかもしれない状況であることは見聞していました。

以下、聴いたことを忘れないようにざっとメモしておきます。

  • 現在絶滅危惧種IB類、残念ながらランクアップしてしまった

  • 今対策をとらないとトキやコウノトリのように絶滅する可能性が高い

  • 孵化〜雛の段階の1ヶ月くらいで殆ど死に、生き残るのは10%くらい

  • 死亡の原因は天候(梅雨)と天敵

  • 天敵は従来はオコジョや大型猛禽類だったが、最近はキツネなどがライチョウの住んでいる高山帯に上がってきて補食されてしまう

  • また、ニホンジカが増えすぎて餌をもとめて高山帯にやってきてライチョウの食べていた植物を食い荒らしている

  • 自然のままに放っておくのは誤った自然保護の考え方

  • これからは保全といって自然にあるていど手を加えながら守っていく

  • ライチョウの親子をケージに囲い込んで独立まで保護する活動を試みに行ったところ、生存率が上がった。来年から実用化したい

  • 上野動物園ほか各地の動物園でスバールバルライチョウの飼育をしており、飼育と繁殖の技術を応用してニホンライチョウの飼育・繁殖技術を確立しようとしている

  • ライチョウの住んでいる地域での保全【域内保全】と動物園での飼育のようなそれ以外の保全【域外保全】は車の両輪のようなもの

  • ふつうの人にできることは、山に登ってライチョウを見かけても見て見ぬ振りをしてほしい、そしてゴミを持ちかえってほしい、あと、動物園を応援して



などなど。書ききれない…
とりあえずわたしにできることは、頑張って稼いで動物園にお金を落とすのと、鹿を食べることかなあ…
そしてライチョウを描いてかわいらしさを知ってもらうこと。

専門家はスバールバルライチョウとニホンライチョウを見分けられるどころか、「全然違う」らしいのですがわたしには違いがわからない…
描き分けられるようになりたいけれど、ハードル高いなあ。。。

画像は上野動物園のスバールバルライチョウです。
ふわふわの足とちいさな嘴の愛らしさったら。
[ 投稿者:絵 at 18:10 | いきもの | コメント(0) | トラックバック(0) ]

2014年10月12日
菱田春草展
SH3K0247

http://shunso2014.jp/

於東京国立近代美術館。

名前と絵の雰囲気がぴったり。
小学校だったか、中学校だったか、美術の教科書でその名と作品を観たときの印象だけが残っています。何の絵だったかも覚えていない。

菱田春草の作品をしっかり観るのはこれが初めてかもしれません。
展示替えがあるのでいつ観に行こうか少し迷いましたが、体力的に三連休の中日をとるしかありませんでした。

若き日の春草の魅力は後に一度は捨てることになる、線描。
まーとにかく線がきれい。伸びやかで艶があって繊細かつ芯が強い。
仏画は私はあんまり好きではなかったけど、線はすごく良くてそればかり追っていました。

次のコーナー「朦朧体へ」で、やっと私の知ってる春草の世界。
水を描きたかったのかもしれません、滝、池、海、そして水蒸気。
岩礁を描くと何故かぽっかり浮いたように可愛らしくなってしまっていて、少し笑ってしまいました。恐れ多いことを。
《瀑布(流動)》の空気感はすごかった。

《夕の森》は空気の冷たさが伝わってくる感じ。
《雪の山》は積もった雪の質感や厚みまで伝わってくるよう。
《富士》はリズム感が楽しい。

そして4つの《落葉》。
私は永青文庫蔵の《落葉》が好きかなあ。細かく描かれているのに、どんなに見つめてもちっとも焦点が合わないところが凄く謎。
後の《落葉》になるに従って、構図も描写も洗練されていってみるべきところに焦点が合うようになり、それはそれで面白いのですが。

続いて猫好きにはたまらない、《白き猫》や《黒き猫》たち。
柿の木の下でちょっとビビっている風体の《黒猫》がなんとも可愛らしく。

何作か横山大観と共作しているのですが、大観の「ドヤーー!」な世界と対象的でそれも面白かったなー。

解説とかにはあまり言及されていなかったのですが、雀をかなり描かれていてそれがホントにふっくらとしていて愛おしいのです。
猫だけでなくて雀も是非是非見どころに。

これだけの挑戦をガンガン繰り出していては体が持たなかったのでしょうね、
夭逝も納得でした。
[ 投稿者:絵 at 21:25 | 観る | コメント(0) | トラックバック(0) ]

2014年08月23日
夏休み!いきもの図鑑
SH3K0197

於:群馬県立館林美術館
http://www.gmat.pref.gunma.jp/

宇都宮での所用の帰り道に寄ってみました。
田んぼのなかにゆったりと建つ低層のたてもの。

生き物は美術と同じくらい大好きです。それはたぶん、子供の頃図鑑を通読するのが好きだったことや、外へ遊びに行って草や虫をぼんやり見てばかりいたことと通底しているのでしょう。

まず最初から圧倒されます。
牧野四子吉のジャボニカ大日本百科事典や広辞苑の為に書かれた生き物の図版の原画
がずらっと展示されているのですが、とにかく小さい!そして細かい!!
このサイズによくここまで書き込めるものだなー と口を開けてただびっくり。
原画に1/2とか1.3倍とか倍率が書かれていて、広辞苑の現物と照らし合わせてみるとどうやら掲載サイズらしい。
サイズを合わせて描くのはわたしにとってとても難しいことなので、ものすごい技のように思えます。
科学の目を持った職人なのかな。

もっと細かいのが杉浦千里の甲殻類たち。
とげや触角、殻の盛り上がりのリアルさったら。

リアルさと対象的なようでやっぱりリアルだなと感じたのが大野麥風。
日本画らしい省略や形式化をしているのだけれど、その生き物がどんなところでどんな風に生きているのかが伝わってくる描きかたをしています。

展示を観ているうちに気付いたのが、絵にすることによってその生き物の形質的な特徴が際立って伝わってくるということです。
本物は情報量が多すぎて、時としてどんな羽の並びをしているか、どこまで鱗がついているか、見ているはずなのにわからなくなってしまうことがあります。
いきものを描く人は本物から得られる情報を整理することに長けているのでしょう、絵にあらわすことで「ここに注目すれがいいよ」と教えてくれている。そんな気がします。

後半は立体作品が続きますが、前々から観たかった深堀隆介さんの樹脂の金魚作品がやっぱり良かった。
それと冨田伊織さんの透明標本。乾いた骨格標本と違い、生きているときの形がうっすらわかるため、骨のそれぞれの役割がなんとなくわかるのです。
いま金魚を描いているから金魚を観られたのはすごく大事。
絵はがきなりあれば良かったのですが… 残念ながらありませんでした。

観覧料は一般510円、このお値段でいいのかしらな贅沢な空間と展示でした。
[ 投稿者:絵 at 14:27 | 観る | コメント(0) | トラックバック(0) ]

2014年08月02日
戦後日本住宅伝説 - 挑発する家/内省する家
於:埼玉県立近代美術館
http://www.pref.spec.ed.jp/momas/?page_id=292

ダメダメ学生であり、不肖の弟子だったのであまり大きな声では言えないのですが、大学の指導教官に建築の先生を選んだくらいなので建築は好きなのです。
進んで描く事はあんまりないかなあ、自身の住まいを建てる財力も踏ん切りもなく、もっぱら観る方です。

この時代の建物に何とも言えない、当時の刺さるような「最先端」を感じて胸がきゅっとなります。
今でも充分「尖っている」住まいたち…

どうも、ヤボなことばっかり考えてしまいます。
こんなにすけすけで着替えはどうするんだろう、とか、
わたしはドアのないトイレはちょっと…
などど思いつつ。

有名な中銀カプセルタワービルは近況を↓のサイトで読んだばかり。
http://portal.nifty.com/kiji/140702164518_1.htm
経年劣化が激しく、住むにはそれなりの度胸と改造が必要っぽいですね。

事情を聞くと切なくなる中野本町の家。他人が入り込んではいけないし、今ではどうやってもそれは叶わないけど入ってみたい。

どの家に住みたいか?といえば迷わず「松川ボックス」
そういえば出品作の建築家のなかで唯一本を持っているのが、この宮脇檀さんでした。
[ 投稿者:絵 at 21:35 | 観る | コメント(0) | トラックバック(0) ]

2014年06月28日
台北 國立故宮博物院-神品至宝-
SH3K0097

http://www.tnm.jp/modules/r_free_page/index.php?id=1647
久しぶりの美術鑑賞でした。
「翠玉白菜」目当てでとにかくものすごい混むという話だけは聞いていたので、昼過ぎから行って夜の閉館間際にその白菜を観る計画で上京しました。

最初は東洋館。
こちらは特別展ではないのですが、いつも特別展と本館を観たところで力尽きてたどり着けないていたので、こういう日には絶好のチャンスだろうと。

甘かったです。

東南アジアからインド、中近東、中国、朝鮮半島、そしてエジプトの文化が盛り沢山!
普段見慣れていない形や色合いで頭がガンガンします。
本気を出して観たら、夜の白菜タイムまで身体が持ちません…
でも、みんな素晴らしいのでついつい本気で観てしまうんですよね。

米色青磁、という特別な色の青磁器がすばらしかった。
あとは赤い玉でできた沢山の金魚たち。おとぼけ顔でした。

次は特別展。
まずは平成館です。
とにかくすごいものばかり…という印象。
見慣れていないので、すごいということばしかでない貧相な自分が悲しい。
裏に沢山の筒がある硯とか、二重構造になっていてしかも内側が回る陶器とか、もう訳がわからない。

あと、文人画で余白が全て跋で埋め尽くされていたものがあったのですが、同行していた相方さん曰く「ニコ動…」
確かに(笑)人間のやる事は大して変わらないのかも。

19時を過ぎたあたりで「そろそろかな」と本館の行列に並ぶ事にしました。
午前中は240分待ちだったそうですが、行ってみたら70分待ちの札。
でも30分ほどで入れました。展示室には窓が切ってあり、並んでいる間も遠くから窺うことができました。

思ったより小さかったです。
でも、ものすごい存在感。
色は写真より映像よりもっと濃くて深かった。そして翠玉の重量感と本物の白菜の葉先のようなひらひら感が同居していてこれは何なんだろうと。

それは今この目で観るまでは意識できなかったことでした。
本物を観る意義を再認識しました。

自然にあった石をどう見立てて、そこからどう白菜を彫りだしていったのか。その思考と過程を知りたい。
とうてい叶わぬことですが。

[ 投稿者:絵 at 23:36 | 観る | コメント(0) | トラックバック(0) ]

2014年05月11日
流転
http://seed-2014.blogspot.jp/2014/04/seed-bug-depayse.html

この団体の公演を見るのは2回目です。
わかりやすいストーリーはありません。従ってはっきりとことばに出来る類の感動も、ない。
なのに普段舞台ものを観ない人間が2度目も足を運んでしまうのは、何かしら訴えるものがあるのでしょう… それを魅力、というのかもしれません。

場所は廃ビルの一室、残されているキッチンをそのまま活かして舞台にしてありました。
その水道からわずかに水が流れているところからはじまり…
冒頭、3人の男女が延々と同じようでいて微妙に変わる動作を繰り返します。
(あとで自宅でやってみたらすごくきつかった…)
それに気を取られていると場が「流転」し、物語が展開していることに気がつかない。

次の場面はぐっとコミカルで表向きはわかりやすい。
なぜなら意味のわかる台詞があるから。
でも脈絡はない。登場人物同士のコミュニケーションも成立してない。
ここでも動きはすごい。
特に「エルビス!マイケル!」の動きには魅了されました。
あと、女性を誘う男の表情の変化。

出演者のもつ”能力”についても考えさせられる公演でした。
自分自身、他人=自分ではない価値観で自分の能力・可能性のあるなしをジャッジして自身をダンピングしてしまうことが多々あります。
しかし、自分が持って生まれたものは全て自分にとっては才能なのですね。
工夫や使い方次第で他人にも「才能」と認めさせることが、できる。
そういう認識をさせてくれました。

この日(5/10)は強風、それが思わぬ効果になっていた気がします。
専用の劇場では出せない味ですね。
そんな風が吹き荒れる晩に見がちな悪夢のことを思い出しました。
悪夢は中にいるときはまさに「夢なら覚めて」という心境なのだけれど、覚めると意外にすっきりしたりする。
ぱっと灯りがついてパフォーマンスが終わったことを示された瞬間、同じような爽やかさを感じていました。

この気持ちを大切に持ち帰るには、アフタートークは不要だったかなあ。
トークの方には申し訳ありませんが。

流転_2
[ 投稿者:絵 at 18:25 | 観る | コメント(0) | トラックバック(0) ]

2014年04月21日
切り絵
kaywe_20140421

前回に引き続き切り絵です。
これも名前がありません。

儚さ、みたいな気持ちが少しあったのかな。

切り絵を作るときは、なるべく
「その時その時一瞬の、今の、わたしの気持ち」
に忠実でありたいと心がけます。

仕事や家事といった日常では、真っ先に後回しにされるものだから。

でも、その時にわきあがった感情は、ちゃんとどこかで受け止めたり、噛み締めたり、昇華させてあげないといけないんですよね。
その場をこうして持てることは幸運なのだろうな、と思います。
[ 投稿者:絵 at 21:42 | 描く | コメント(0) | トラックバック(0) ]

2014年04月20日
切り絵
kaywe_20140420

先週作ったものです。
切り絵は一度に20枚、30枚と大量に作れてしまうので、覚えているうちに整理しておかないと収拾がつかなくなります。
ようやく今日、全てに制作日を入れ終わってスキャンしました。
タイトルを思いつけた物はタイトルも書いておきます。
でも、それは少数派。
多くは名無しのままです。
作る時、具体的なものは何も想像せずに気持ちだけで貼っていくので、ことばを当てはめていくのはちょっと難しいのです。

花っぽいな、とか 夕焼けっぽいな、と思いつつ作る事はありますが。
あくまで「ぽい」レベルの話です。

これは名前がありません。
のびのび、画面いっぱいにかたちを這わせてみたら気持ち良かったので、そんなイメージのかっこいいことばを思いつけたら、そのうちつけるかもしれません。
[ 投稿者:絵 at 21:43 | 描く | コメント(0) | トラックバック(0) ]

2014年03月30日
1ヶ月以上描かない日が続くと、自分がまだ絵を描けるのか不安になってきます。
描き方を忘れていそうで…
SH3K2514
でも、描けました。
桜が描かせてくれました。
ここを描いてと示されたような印象でした。

SH3K2517
雨を含んだ花はしっとりと重たげ。
根元から桜色なのですね。
[ 投稿者:絵 at 21:27 | 描く | コメント(0) | トラックバック(0) ]