私は今夜は例によって片道1時間半自転車旅で、佐久勤労者福祉センターで開かれた「『佐久地域9条の会』連絡会」というのに出席してきました。
私ね、去年の10月から、「たてしな9条を守る会」の代表になっちゃったのよ。「たてしな9条を守る会」って、発足時は100人を越える呼びかけ人の名前を集めたんだけれど、実態は5人から8人くらいで集まってやっているある意味弱小団体なんです。それでその少人数の中で、前任者の代表の方辞任したいということになって、後任がどうやっても決まらない事態になっちゃって、一番若輩者の私が、「じゃあ、私にやらせて下さい」って言っちゃった。押し付け合いで代表の決まらないようなテンションの低い所にいるのはイヤだったから、私がここに留まるためにはこうするしかなかったんだ。ちょっとはイヤだなっていう気持ちも私の中にはあったけど、でもやるからには、新しい、楽しい、充実した「9条の会」になるようにがんばろうと思います。
私が守ろうとしている原則は「わくわくする」「楽しい」「自分らしさを大切にした」「楽天的な」活動をするということです。なんか重苦しいのはイヤだよ。でも具体的それはどう動くことなのかな。とりあえず動きながら、みんなと考えていこうと思います。
・・・なんて、今日の報告はこれくらいにして・・・なんか偉そうに書き出しましたけれど、一番書きづらいことをさっさと書いてしまおうかと思います。
とぼけてその問題には触れずにいることもできなくはないようにも思いますけれど、ブログを再開した以上、その問題に詳しい人も読むだろうし・・・つじつまの合わないところ、いずればれちゃうと思うから、書きます。
かねてからの読者のみなさんにはある程度告白済みなんですけれど
(免許事件). 私は社会の目も非常に厳しい「酒気帯び運転」というのをやってしまって、それに過去のスピード違反が累積して、免許取消という事態を招いてしまいました。それを2006年11月の事件としてブログ上でもご報告しました。それ以降は、車も車検が切れて廃車にしてしまって、ハンドルには全く触れずに自転車生活していることには全くウソはなかったんですけれど、ちょっと他の所にウソがあったの。
詳しい人はわかってると思うけど、こういう時の免許取消って1年って決まってるのよ。それがさ、私が免許再取得の手順を聞きに望月警察署に行ったら、あんたは(免許)欠格3年だよって言われたの。普通に考えたらおかしいもんね。他に何かあるだろうって、詳しい人なら分かっちゃうもんね。
私は、本当に知らなかった。1年がんばれば済むと思ったからがんばれたんだと思う。それがさ、3年って言われてがっくり体の力が抜けちゃった。もう、ふーちゃんには許してもらえないかもって目の前が真っ暗になった。
それは、こういうことだったんです。実は、恥を申し上げますけれど、例の11月の事件の前に私は酒気帯びで捕まってたの。でも甘く見ちゃって、この信州で車なしで暮らせるかよって思ってとぼけて乗ってたの。交通違反もしないように気をつけてたつもりなんだけど、乗ったり降りたり乗ったり降りたり乗ったり降りたり乗ったり降りたり乗ったり降りたりしているうちに、ついうっかりシートベルト忘れてたら、真昼間の国道で、シートベルトで呼び止められて、それが11月2日だったの。それってシートベルトじゃ済まないでしょ。それって無免許運転です。とうとう私は極悪、悪党の仲間入りをしてしまいました。
最初の酒気帯びは、略式起訴で「免許取消1年、罰金30万円」という判決だったんだけど、また捕まって次の略式起訴で判決は「罰金50万円」。免許のことは書いてなかった。そうか、取り消そうにも取り消す免許持ってなかったからな、わはは、と笑う元気なんか毛頭なくて、今度こそ心の底から悔いました。それで、佐久平まで1時間半かかっても上田まで2時間半かかっても、石にかじりついても自転車で移動する生活が始まったのです。
免許のことが判決に書いてなかったのは、それは取り消す免許がなかったからというのは正しいです。でも書いてあろうがなかろうが、無免許運転をしたからには免許欠格3年というのは決まっていたのです。知らなかった。
というわけで、あれから3年・・・ということは、今度の11月が来て、そのまた翌年の、2009年の11月まで、私は自動車免許を持つことができません。
ふーちゃんは、「これは何かのチャンスかも知れない。新しい暮らし方を考えよう」って言ってくれました。ああ、仏さまみたいな人だよ。
楽しいブログにしたいけど、今日はこんな内容になっちゃった。もうこのことは書かないから、みなさんお察し下さいませ。みなさん、私に言われたくないだろうけど、お酒を飲んで運転しない方がいいかも知れないよ (← いいかも知れないじゃないだろ!!)
じゃ、またね。