
【「たてしな元気畑」農園日誌】
1996年7月からの1年9ヶ月、サラリーマンを辞めた私を住み込みの農業研修生として受け入れて下さった千葉県富里市の山崎さん宅、そして同じく農作業を手伝わせてくれていろいろ教えて下さった越川さん宅を、おととい、きのうと1日づつお手伝いさせてもらってきました。
この春に、私は就農して8年目を迎えます。経済的には低空飛行が続いているけれども、楽しい幸せな毎日が送れているとは思っています。でも、本当に今の自分は、自分が目指していた地点に立てているのか。改めて自分が農業を志したときの初心を思い出し、そして研修生活の中で味わっていた希望や夢をもう一度確かめながら、これからの新しいシーズンを切り開く気合を入れようと思いました。
2日間、農作業を手伝ってみて、いろんなことを忘れていたことが分かったし、研修先の山崎さん、越川さん両農家もそれぞれ一段と進化発展を遂げていて、そのことからも学ぶことはたくさんあったと思います。
写真は左から私、山崎さんご夫婦です。
私は「無農薬なんて理想でそんなことは無理だ」みたいな発言を続ける農家が多いことを新聞雑誌で目にするたびに、そんなことあるかい! と反発を感じ、EMなどの新農法の本などを読むうちに、これさえあれば絶対大丈夫だなんて居ても立ってもいられなくなって、とうとう勤めを辞めて、この農業の世界に飛び込むことになりました。「無農薬は現実的じゃない」なんていう決め付けを、実践で蹴散らしてみたかったし、「理想ばかり言ってたってそんな農業では食えない」という中傷には稼ぎまくって見返してやりたいと思いました。そんな訳で、農家を志した当初は、少なくとも私が属していた鉄鋼業界の同年代のサラリーマンよりたくさん稼いで、農業を見る目を変えさせるんだ、ということが私の目標でした。自給自足とかスローライフとか、そういうことには全く目が向きませんでした。
結局、お金を稼ぎまくって見返してやるんだという気持ちが、やがて、思うように稼げない現実とぶつかって、「お金なんかなくても幸せは広がっていくんだ」みたいな方面に気持ちは向かいました。そういう変化を振り返ると、それは決して間違っているとも思わないし、後ろ向きとも思わないですけれども、でも、自分が思うように稼げなかったという現実への対応に迫られて生まれた考え方という側面があることも事実です。でもね、もうすぐもしかしたら結婚ということにもなるかも知れないし、やはり生活の中で必要となるお金は充分に農業の中から不足なく稼げるような農園作りを進めるということはとても大事なんじゃないかと思います。
「有機農業」と「大規模農業」とは、反対語のように考えられていますけれども、私が研修した山崎さん、そして山崎さんが所属する丸和園芸出荷組合の組合長越川さんたちは、全国でも有数の「大規模有機農業」です。本当に偶然に私はとってもすごい所で研修していたわけです。山崎さんも越川さんも、私が研修を終えてからそれぞれ、2町歩から5町歩、5町歩から10町歩に規模を拡大し、それぞれ有機認証を取得して誰はばかることのない立派な有機農家となりました。もともと歴史ある大農家を親から引き継いで、平成2年に無農薬農業に切り替え、収入が激減、仲間もバラバラになるなかで辛抱しながら、あらゆる新農法、新資材などに取組み試行錯誤しながら、ついには農産物流通の世界で確固たる地位を築くに至りました。たくさんの研修生やパートの労働力を使いながら、大型機械なども駆使してすばらしい業績を上げ続けています。あるひとつの農家のあり方の究極の姿だと思います。これとは違う理想の姿というのももちろんあると思います。でも、ひとつの理想というものが、これらの農園の中で実現しているのではないかと私は思います。
畑と農業に全エネルギーを集中して、チームワークでどんどんと仕事をこなしていく、ものすごい迫力を感じて、やはり自分にもそういう迫力が備わるようになりたいと、素直に感じました。畑と農業以外にも目を向けて、いろいろ楽しんで生活していくのは自由ですけれど、でも農家として農業に取り組む以上、同じような気迫というものをみなぎらせて取り組んでいきたいと、本当に思いました。
私が、住み込みをさせてもらった山崎さんご一家は、山崎さんご夫婦におじいさん、おばあさん、そして美人姉妹の2人の娘さんの6人家族でした。そのおばあさんが昨年秋に病気で亡くなって、昨年末に7年ぶりに山崎さんのお宅をお訪ねしてお線香を上げさせていただきました。ずっと不義理を続けていたものですから、またお訪ねできるようになってとてもうれしかったです。
娘さんのうち、妹さんの貴子ちゃんは、今ではご両親と一緒に農業に取り組んでいます。まあ、すんごいきれいで優しい性格で、きっといい男をつかまえるんだと思いますけれど、ご両親は「早く彼氏をつくれよー」と気をもんでいるところです。「そんなの慌てたっていいことないよ」と思うし全然心配ないと思うんですけれど、農家志望で美女のお嫁さんが欲しい方は山崎さん宅にアタックするのもありよ。それから写真撮んなかったけどお姉さんの涼子ちゃんは病院の事務員をやってる超美女です。(ちなみに、「二川さん、お嫁さん早く見つけなきゃだめよ」と山崎さんはいつも言うんですけれど「うちの娘どう?」とは口が裂けても言わなかったのはなんででしょう(笑))。
まあ、山崎家の後継者問題も、貴子ちゃんの就農で、解決は時間の問題ですけれど、越川家も息子さんのタカシさんが、やっぱり就農してお父さんと一緒にがんばっています。やる気まんまんのいい青年だよ。元気で未来に希望を持つ農家は、ほっておいたって子どもが仕事を継ぎたがるんだよね。すばらしいことと思います。
これは越川さんのレタスのハウス。草取りの仕事をやりました。全長100mのハウスが7棟と、50mのハウスが7棟ね(笑)。もうすご過ぎて笑うしかないわ。