【「はみだし日記」】
今日は憲法記念日だったんですね。町内の集会所で「戦争体験を聞く集い」というのがありまして、午後1時半からだなんていうんで私はそんなのに全然参加する予定は無かったんですけれど、高遠菜穂子さんの講演会のチケットの代金を払いたいなんておびき出されて(笑)、行ってみたら15人くらいしか参加者がなくて、とても逃げ出せる状況じゃなくなりまして(泣笑)、2時間ばかり参加しました。憲法9条についての議論にもなり、いろいろ思うところもありました。
お話して下さったのは従軍看護婦として志願したIさんと、お父さんがニューギニアで戦死したOさんのお2人でした。お2人のお話が終わって、フリートークになって、参加されていた80才の元教員のT先生が、軍隊で体験したことを話してくれました。
中国大陸に派遣されたT先生ですが、中国人を後手に縛りつけて、それで銃剣の訓練をしたときの話をしてくれました。つまり、生きた中国人を標的に銃剣を突き刺す訓練をさせらたんです。中国人は目隠しをされながら「撃ち殺してくれ、撃ち殺してくれ」と泣くんだそうですが、だんだんと弱って息絶える。そうすると将校が刀の試し切りに切り捨てて、そのまま穴に埋めるんだそうです。
それから、もうひとつは止血や応急手当てのやり方を訓練するのに、生きた中国人を使って、指が落ちたときの止血の仕方、手首を切られたときの処置の仕方などを、実際に中国人の指や手首を切り落としながら実習するんだそうです。そして止血をしたって、どんどん体を刻まれるものだから、だんだん青ざめてきて、失血死するそうです。塀の上には中国人が鈴なりになってたくさん見ていて、そうして夜になると、埋めたはずの中国人の死体が無くなっているんだそうです。おそらく家族が掘り返して弔うために持ち帰ったんでしょうね。そんなお話でした。
T先生は、自分の残りの人生を反戦のために捧げたいとおっしゃっていました。けれども、こんなすさまじい体験をされていたということは初めて聞きました。
それから憲法9条の話題になりました。従軍看護婦の体験をお話されたIさんが、憲法9条を守るということは、必要最小限の自衛のための軍隊も持っちゃいけないっていうことですか?と言いました。それから、憲法9条を守る署名活動をしているMさんから、署名を集めていると「それじゃ外国から攻められたときはどうするんだ。黙って攻められるままなのか」って言われて答に困ると言いました。参加者のみんなさんの多くは、「攻められるままじゃないよ」「攻められっぱなしでいいわけないよ」というようなお話をされていました。
まあ、今すでにある自衛隊をなくさなきゃいけないのかとか、他のあの条文はどうなんだ、この条文はどうなんだといい始めたら、世論が分散して力のある運動ができないので、ただ「9条の改正だけはさせない」という1点だけで一致し、他の部分(自衛隊の扱いを含めて)については互いに意見に干渉しないというのが、今「9条の会」などで全国的に広がっている運動の取り組み方です。それはそれでとてもいいと思います。
運動を作る上での方法論としてはそういうのもいいと思いますけれど、ただ本当のところはどうなんだと言ったら・・・・「攻められたら攻められっぱなしでいいんだ」というのが、平和憲法を守る運動の根本になければウソなんじゃないでしょうか。私はそう思います。攻められたら少しは反撃できるように、こちらにも武力を用意するというんでは、ちっとも理想は実現できないし、国民の安全も守れないんじゃないでしょうか。
じゃあ考えてみてもらいたいんですけれど、少しは反撃できるような武力で国民の安全は守れるんでしょうか?完全に反撃して相手を返り討ちにできるような武力でなければ、何にもならないんじゃないでしょうか。少しは反撃してきてやっかいだと思えばなかなか攻めてこれないなんて言う人がいるかも知れませんが、今、アメリカがしていることを見てご覧なさい。いくら反撃されたって、最終的に勝てると思えば攻めるんです。攻めるという決断があれば、もう相手に多少の武力があったって攻めるんです。今の戦争は、兵器在庫を整理して政府が次の兵器を買えるようにする意味もありますから、多少反撃して大砲でも撃ってもらった方が都合がよいという面すらある。完全に丸腰で、どうぞどうぞお入り下さいとやられたら、兵器は一向に減らないし面白くないということになるんじゃないかと思います。
戦争というのは交通事故とは違うんです。起こすか起こさないか、意思決定までにいくつもの段階を踏まえます。ですから、本当に世界平和を求めるなら、国民のすべての知恵と誠意と真心で、ここでの振舞いを誤らないことで、国民の安全と世界の正義は守られると思います。
しかし、今のアメリカのような国が、たとえばイラクの代わりに日本を標的にしようとした場合には、日本は絶体絶命の局面にいたるでしょう。しかし、その場合にはよっぽどの大軍隊を用意していても、それを理由に相手が決断をひるがえすということはないでしょう。
相手が北朝鮮であれ、韓国であれ、ロシアであれ、中国であれ、紛争の火種が少なからず現在に引き継がれていますが、常に平和的手段による国際貢献に努め、世界人類の友愛を育てることに力を注ぐなら、決して国土が危険にさらされる事態には至らないと思います。
あるいは、その考え方が余りに理想的で、リスクに満ちてると言う人があるならば、多少の軍隊を保有することでそのリスクが消えるのか。軍隊(自衛隊というあだ名があったとしても)を持つことで生ずるリスクもあるということの考えると、それはそうではない。世界に一定のリスクがあるという考えを認めるにしても、それは軍隊の有無では左右されない種類のリスクなんだと思います。誠心誠意、そのリスクを顕在化させないような国の舵取りこそが必要なんだと思います。
その意味では、現政権は絶対ノーですね。イラクに派兵するようなセンスでは、本当に超大規模軍で国を守らないといけないかもね。ふー。
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