きのうの23日は、雨が降ったり止んだりの生憎の空模様でしたけど、心配されていた豪雨ということもなく、いかにも梅雨の空気の漂う一日となりました。
そうよ。昨夜はあれです。
「9条を守るたてしなの会」主催。
連続講座「暮らしの中の憲法、暮らしの中の人権」第2回【地方自治と憲法】
「混迷の時代、平和と住民自治のあり方を問う
〜 『市町村合併』から見えてきたもの 〜」
講師:伊藤盛久さん(佐久市市議会議員)
ふー。長い(笑)。
話し合いに話し合いを重ねてキックオフした連続講座だったんですけれど、3月25日の第1回では参加者はスタッフも全部含めて11人。本当に超グレートな内容だったのに ・・・ 世間のみなさん! なんてもったいないことすんのよ!!
でも、それは主催者の取り組み方が悪かったってことよね。
そして昨夜、反省と対策を私たちなりに取り組んで、お客さま30人を目標にしようと決めて迎えたこの日。7時開演の1時間前に集まって準備を始めたんですけれど、お客さんが何人来てくれるのか、気がもめるけど、気をもんでるしかしょうがない。もみもに。。
講師の先生はもう到着されている15分前。・・・ まだ、お客さん誰も来ないのよ。
なーんて思ってたら、定刻10分くらい前から、続々お客さまの姿が。 ・・・ ああ、よかった。「たてしなケーブルテレビ」の取材クルーも講演会の収録に2人やって来ました。
定刻を過ぎてもお客さまがチラホラとおいでになるので、開演時間を10分遅らせました。
結局ね、スタッフを例によって参加者に加えさせていただくと、総勢27名。それから「たてしなケーブルテレビ」のおねえちゃんとおにいちゃん、あなたたちも誰が見たって参加してるも同然なんだから、こっちに加わりなさい。とすると29名。
あーあ、これでうるとびーずさんが約束通り来てくれたら、目標達成の30名だったのにな (← うそうそ。ごめんね)。

会場の立科町老人福祉センターの機能訓練室に、びっちり並べた座席もいい感じに埋まって、それまでの心配を嘘のように吹き飛ばしてくれました。

さて、伊藤先生にも、これでノリノリの辛口説法が期待できるぞ! と思ったんですけれど、後でうかがったら、ケーブルテレビのカメラが入って、おまけに伊藤先生の同僚の佐久市議会議員も何人か来場してたんで、「これは、やたらに何でもしゃべるとマズイかも」って、ちょっとやりにくかったんですって。
でもね、望月町が佐久市との合併に至る経緯から、合併後の旧望月町が直面する悲しむべき変化の数々が、充分に舌鋒鋭く活写されました。本当はここで話された以上の事実があったのかな。いずれにしても、この日の講座の内容は、ブックレットなどの形で今後も広めていきたいと思っているので、オフレコ扱いの内容の混じらない講座になったとすれば、プラスだったのかなと思います。
望月町町議会議員として、佐久市との合併反対の運動をしていた伊藤先生が、熱く語ってくれる言葉には、私たちの轍は踏むなという強いメッセージがこめられていたと思います。
つまり、話の核心はこうです。
財政が厳しい。これでは将来行き詰るから、大きな町に合併してもらおうという考えは、根本的に間違っていたということです。
大きな町の裕福な財産で面倒見てもらえる、というのは完全な錯覚で、現実に訪れるのは、自分たちではとても気がとがめて踏み込めなかった、行政サービスの縮小と住民負担の増大と、行政の人員削減を、情け容赦なく自分たちの代わりにやってくれたという、ただそれだけのことなのです。
たとえば、今、住民のために使えるお金が1億しかない。それが合併後には、1億どころか、とんでもない金額に削減される。
当初の望月町の住民アンケートでは、立科町との合併と自立との意見が拮抗していて、佐久市との合併賛成派は少数でした。それが、大きな町が豊富な資金力で助けてくれて生活水準が上がるというような様々なプロパガンダで切り崩されていきます。
結局何が起こったか。旧望月町に携わる行政人員は3分の1に削減されました。下水道料金などの公共料金は、40%ないしは60%という大幅な値上げ。ガソリン価格をはじめとした諸物価高騰の折に、旧望月町民は更なる困窮を強いられています。こんな安いことを言ってるから望月は赤字でつぶれたんだ。オレたちが黒字にしてやるというわけですね。豊富な資金で助けてくれるなんて誰が言ったんでしょうか。
合併で交付金や補助金にイロをつけてくれるとか、実際そういうことはあるんでしょうけれど、それは佐久市に行っちゃうわけです。地域協議会を作ってくれて、望月の意見を反映してくれるなんて期待もあったそうですが、佐久市としての一体感を生むのが先決というわけで、一切なしのつぶてということです。「望月」の地名は残るなんて期待もあったそうですが、フタを開けてみると、「佐久市望月協和」とはならないで「佐久市協和」ですって。望月という地名は、完全に歴史の中に消えてしまいました。
詳しくは、いずれブックレットの編集が進めば、またみなさんにご紹介する機会もあるかも知れません。
立科町に近い将来、佐久市との合併話が再燃する可能性が多いにあるわけですが、そのときには、「望月町」の経験した事実が、合併推進派の撒き散らすプロパガンダの一切を、粉砕してくれるだろうと思いました。
本当は3億円あったらいいのに、1億円しかない。
そのときは、1億円に合わせて、住民の知恵を結集して、1億円で住みよい町づくりをする。そのことが、いかに困難でも、それが最善の道なのだと思います。
大きな町と一緒になると1億円を2億円にしてくれるという、幻想に踊らされては、その1億円も失ってしまうということを、望月町の経験は物語ってくれているのだと思います。
きっと立科町は、自立を貫いて、みんなで工夫して、いい町づくりを未来永劫続けていけるのではないかと思います。
私も、そのためにがんばるぞ。
そして、「市町村合併」と「憲法」との関係。
「市町村合併」は、本来「住民自治」が持っているべき「自分が主人公」という感覚を確実に奪って、あきらめとか、お上が決めたことはしょうがない、という感覚を醸成していくものだからこそ、「憲法改正」への地ならしにつながるのだというのが伊藤先生のお話でした。
立科町も実は、小さな村々が合併してできたんだよっていう話を先日書いたんですけれど、合併によって無駄が省けて、暮らしがよくなるということだってあるとは思います。もし、望月町と立科町との合併が実現できていれば、今まで立科町を成立させてきた合併の延長線上の合併として、いい町づくりにつながったんじゃないかなって思いが、まだ私にあります。今さら言ったって意味ないけど。大きな所に助けてもらう合併とは違って、お互いカツカツの火の車の合併は、自分たちで議論して、悩んで、工夫して出口を見つける合併だから、そこにはプラスの側面が期待できると思います。
大きな町に、首切りと値上げと助成カットをやってもらって、ロクに意見も聞いてもらえないなんて立場の、どこに幸せがあるんでしょう。
でも、もともと佐久市の市民だったら ・・・ 最初からそんなにひどい目にあっていたというわけなのかな。ちょっと信じられない気もするんですけれど。具体的な事実をもっと知りたいと思います。