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有機農園「たてしな元気畑」です
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「朝までわくわく」サードシーズンいよいよ開幕! ふーちゃんとの恋のゆくえは?! 元気畑の未来は?! 次々襲い掛かる人生の危機に立ち向かう方策は? 迫り来る怒涛のクライマックスが今すぐそこに! ちょっとへこたれちゃったけど、もうへこたれないよ。生きることは楽しいんだ。脱サラ・ズッコケ有機農家の底抜けダッセン雑記帳。長い中断期間中、ご心配下さったみなさま、心からお礼申し上げます。ありがとうございました。 since 2006.2.18

2008年04月30日
でもね、こうやってよろこばれながら仕事をするのはとても気持ちがいいです。私は私。これでいいんです。

 きのう、畑でイヤホンラジオでNHKを聞いていたら、大型連休の休日だというので、特別番組をやっていました。「朗読の世界へようこそ!」って番組で、午後1時から4時までの3時間。聞きごたえあったよ。「自然・環境・そしていのち」っていうサブタイトルで、宮沢賢治や立松和平などの作品を、NHKのアナウンサーたちが入れ替わりで朗読して、ピアニストがオリジナルの曲でコラボしたりするの。あ、立松和平は本人が出て来て読んだ。

 「ハチドリのひとしずく」っていうのもありました。すごく短い話で、どこか外国の昔話だって言ってたかな。山火事があってね、すべての動物たちは逃げるのに、ハチドリだけがくちばしでひとしずくの水を運んでは、山火事に向かって落とすということをやめないの。それで、他の動物たちはそれを見て、「そんなことして何になるんだ」ってはやし立てて笑うの。それでもハチドリは、「私は私にできることをするだけです」って答えるの。ホントこれだけ。これだけのお話。

 やっぱり、それでも、上手に朗読されているのを聴くとね、なんかじわーっと感動するのね。ゲストのピアニストのおねえちゃんが、「地球温暖化のような問題に対しても、私たちはこのハチドリのように、希望を失わずに取り組んでいかないといけないのだと思います」みたいなコメントをするわけです。まあ、ありがちだけど、いい意見ではあるわね。

 そしたら、司会の人が、「それでは最後に、子どもの立場からの声を聞いてみたいと思います」って言って、この前2回に渡ってこのブログでも話題にした、セヴァン・スズキさんの、あのリオ環境サミットでの発言の日本語訳を、アナウンサーが朗読を始めたわけです。

 昔、もう10年以上も前にね、サラリーマンだった頃、川崎だったかな、東京のどこかだったかな、ヤキトリ屋のカウンターで、高木善之さんの著書に収録されていたこの日本語訳を読んで、涙がどどーっとあふれてきて、とても困った思い出があります。それで、長い歳月を経て、You Tube の映像で、セヴァン・スズキさん本人の発言の映像に「再会」することができて、またまた涙にくれたわけね。

 それでさ、きのうの畑で、アナウンサーが朗読するその発言を聞いていたら、またまた、どどどーって涙が出てくるの。

 ほら、トラクターも使わない情けない畑でしょ。去年の枯れた草がぼうぼうとしているとろを刈払機とクワでえっちらおっちら畑をしているでしょ。それで泣いていたら、まさにただのベソカキに見えちゃうもんね。焦ったよ。幸い誰も近くを通らないうちに、涙を乾かすことができました。

 でも、私はなんで泣くんだろー。何度も何度も読んで、インターネットで映像も見て、何度も何度も触れて分かりきってるメッセージに、なんで心は飽きもせず、スイッチが入るように反応するんだろう。

 同じ思いを多くの人がしているみたいです。1992年の発言なのに、今でもブログに引用したり、You Tube の映像を埋め込んだりして、「みなさん、絶対絶対観て下さい!」みたいなことを書き込んだりしている人がいる。

 

 言葉って、やっぱり力を持っているんだよね。力を持っている言葉っていうのがあるんだよね。議論で勝ったとしても、それが心に届いていなければ、「このヤロー、口のうまいヤローだ。覚えてやがれ!」で終わっちゃうんだけど、心に届く言葉というのは確かにあるんだと思います。




 今日は、大家さんのタバコ畑の苗の定植作業を1日手伝いました。大家さんは体を壊してしまって、自宅で療養中です。奥さんと、弟さん夫婦と、お友だちの方と一緒に、張り切って働いて、例年1日では終わらない作業が、午後5時半には終わってしまって、とても感謝されたよ。この日当は帳面に付けておいてくれて、家賃の支払に充当してくれます。私も現金は他に使えるからありがたいけど、大家さんも働き手ができてよろこんでくれてます。どっちもよろこんでるのね。

 明日からはアスパラの収穫のお手伝いです。私の畑の隣が、80才を越えるアキおじさんのアスパラ畑で、3反(30アール)はあるんですけれど、収穫作業がだんだん体に負担になってきてるんですって。それで「二川くんが手伝ってくれるんなら続けられるんだが」って相談されて、引き受けることにしました。1日2回、朝8時と午後2時に収穫です。私の畑の隣ですもん、出勤時間は1分よ。収穫の多い日もあれば少ない日もあるけど、うらみっこなしで、報酬は定額1回1000円です。つまり、1日2000円というわけね。アキおじさんと2人で作業するから、平均1時間くらいかな。それでね、シャツの胸ポケットに1000円札を入れて現れて、その場でくれるの。ぶっちゃけ、これがありがたいのよ。おたがいによろこんでる。これは去年からやってる仕事。

 こういうような仕事は、中途半端な畑をやってる私だから受けられるのね(笑)。ホントよ。しっかりやってる人は逆に人を雇ってるんですから。

 でもね、こうやってよろこばれながら、ご近所さまの畑で仕事をするのはとても気持ちがいいです。私は私。これでいいんです。






 これでいいのだ。




セヴァン・スズキさんの映像を埋め込んだ記事 
セヴァン・スズキさんのエピソードを紹介した記事
[ 投稿者:ナガレのおやびん at 23:19 | 「はみだし日記」 | コメント(0) | トラックバック(0) ]

2008年04月29日
ついつい身を乗り出して聞いちゃいました。おー、そーかそーかって意気投合です。

 長野県有機農研の会報の原稿は無事仕上がって、タケ編集長にメールで送りました。会議の報告とか事務局だよりとかが4ページ、あとは総会の報告で、議案書の内容を貼り付けてコメントをちょろっと入れたのが6ページ。編集長も忙しくて、今日しか印刷作業ができないみたいで、「編集長何時に出発?」なんて携帯電話をかけながら、11時ころにすべり込みセーフとなりました。よかったよかった。編集長、あとはよろしくね。もちろん徹夜じゃないよ。でも、がんばって4時間くらいで起きた。




 今日は、夕方にイケメン味噌師が来てくれました。去年収穫したナタネを、やっと油に絞るというんで宅配で搾油所に送るために取りに来てくれたんです。これ、播種とか施肥とか収穫とか私がやって、肥料は味噌師が買ってくれて、搾油費とかはあーちゃんが出してくれて、あとでみんなで費用を折半して仲間で油を分けるのよ。油に値段をつけて買い取ってもらうスタイルなんで、希望者いっぱいいます。搾油前の加熱も一切せず、圧力だけで絞る玉絞り。山分けは宴会をやりながらになると思う。もう今から楽しみです。



 イケメン味噌師と近況をしばらく語り合ったんですけれど、なんか私と状況が似ていて、ついつい身を乗り出して聞いちゃいました。

 彼は若い頃に自転車で160日以上を費やして日本一周をしたり、海外も貧乏旅行したりしながら見聞を広めて、味噌作りの師匠に出会って、信州で味噌工房を開いた人です。大豆も自分で作って、それを味噌にするというコンセプトで始めたんですけれど、両立が大変で、それでもう彼は結婚していてかわいい息子さんもいるでしょ、いろんなアルバイトも組み合わせたりして、今どっちの方向に進むかとても悩んでいるみたいでした。

 味噌作りの経済の話も聞いたけど、なかなか暮らしを維持するのは難しいみたい。でも、そうは言っても多分、味噌の世界でも事業を成功させて大きくやってる人はいると思うんだけど、そこへ大きく舵を切って行けない何かがあるのね。なんか、私の話と似ている。おー、そーかそーかって意気投合ですわ(笑)。


 お互い、今日話し合ったことを、懐かしく笑い話として思い出せるといいよね。お金は必要です。家族、特にパートナーの女性に心配かけたり不自由な思いをさせるなんて、辛いことだもんね。私も結婚の最後の障害はそこさ。そんな暮らしだったら胸張って生きていけないよ。イケメン味噌師さん、一緒にがんばりましょう。イケメン農家より。

 
[ 投稿者:ナガレのおやびん at 19:17 | 「はみだし日記」 | コメント(0) | トラックバック(0) ]

2008年04月28日
その人を、大きな蛇が狙ってたのね。そしたら、藪からキツネが飛び出して、その大蛇に襲い掛かってその人は命拾いしたの。

敬老会

 きのうは塩沢区の敬老会でした。私、塩沢区5班の班長ということで、朝8時半から公民館に集合して準備して、午前11時から午後2時頃まで、地区のお年寄りに楽しんでいただきました。

 そーなのよ、私、今年は地区の役員もやることになっちゃったのよ。4月はいろんな行事や会議でとっても時間を取られてしまいました。今夜も午後7時から農家組合長会議というのがあって、JAの建物まで行かないといけません。自転車で。自転車で。自転車で。あ、しつこい? もうすぐ出発だから、この記事も制限時間45分で、チョー特急で書いてます。でも、そろそろこれで4月の出番もおしまいで、班長の仕事もとりあえず一段落かな。

 で、敬老会ですけれど、28名のお年寄りの方々が参加して下さって、料理やお酒やカラオケを楽しんでいただきました。本当は64名の方をご招待したんですけれど、体の具合のよくない方も多かったみたいで、ちょっと参加が少なかったでした。写真で、盛り上がってる様子がいくらか伝わるかな。私もおしゃくして回ったり、カラオケ操作したりしてがんばったけど、真昼間っからおおっぴらに酒が飲めるので、私が一番楽しみにしてたかも(笑)。後片付けが終わってから、役員だけで、1時間くらい飲んで、労をねぎらい合いました。

 役員は大変といえば大変だけど、面白いこともあります。先日の4月16日には、「彦左衛門稲荷神社祭典」というのがありました。(ブログの16日の記事は15日の夜中に書いてたら午前0時を過ぎて16日になっちゃったのね)

 「彦左衛門稲荷」というのは、部落のはずれのリンゴ畑のそばにある、本当にちっちゃなちっちゃな祠です。普段は誰も目に留めないものです。役員になって、初めてこんなところに祠があることを知ったっていう人もたくさんいます。

 隣接する茂田井という部落との境目にあって、茂田井の役員と塩沢の役員とで、毎年祭典の日にお参りして、毎年交代で、どちらかの公民館でお祝いの宴会をやるのです。今年は茂田井の部落にごちそうになる番で、塩沢は楽だったわ。やっぱ、昼間っから酒。やっほー。酒、酒。いやあ、役員って大変だなあ。

 「彦左衛門稲荷」という不思議な名前のいわれをうかがったんですけれど、面白かったよ。彦左衛門という方がその場所で昼寝をしていたのね。旅の人だって言ってたかな。そしたらその彦左衛門さんを、大きな蛇が狙ってたのね。そしたら、藪からキツネが飛び出して、その大蛇に襲い掛かって彦左衛門さんは命拾いしたの。目を覚ました彦左衛門さんは、このキツネに大変感謝して、その証に「彦左衛門稲荷」を建立したというわけね。ね、なんか素敵でしょ? 自分の住んでる地区に、こんな言い伝えがあるなんて、なんだかわくわくする話です。そして、何百年か分かんないけど、その祠を大事にして小さなお祭を続けているということも、とても素敵なことだと思ったよ。

 さてさて、「農家組合長会議」というのから帰って来たら、今日は長野県有機農研の会報の原稿を仕上げないといけません。あのね、私ね、有機農研の事務局長なの。おまえなー、って突っ込みが聞こえるようです。私も、わたしなーって、思いますもん。

 一昨年からなんですけれど、これも、総会でなかなかやり手が現れなくてね、その前の改選期に私が、「オレがやってもいいけどな」って言ったのを覚えてた人がいて、「やってもいいって言ったろ言ったろ言ったろ」ってことになって、とうとう逃げ切れなかった。私ねえ、やることがいい加減だから事務を溜め込んだり期限通りにやらなかったり、ずい分仲間に迷惑かけちゃってますわ。チュートハンパにしかできないんだったら、やらない方がいいよねえ。でも、引き受けたんなら一生懸命やらないとね。このままじゃいかんよ。

 なりゆきで、いろいろ抱え込んじゃってアップアップしてる私。ふー、難しいねえ。自分のやりたいことは何なのかってよく考えて、やりたいことにしっかり時間をつぎ込めるように、人生の舵取りをしていかなきゃならないんだけどね。私はまだまだ修行が足りないですわ。

 というわけでちょうど時間となりました。
 みなさん、お年寄りを大切にね。



 追記  農家組合長会議には、2班の班長さんが、家に寄ってくれて、車で会場まで連れて行ってくれました。助かったわ。やっぱり夜の自転車はおっくうだから、ありがたかったです。
[ 投稿者:ナガレのおやびん at 17:47 | 「はみだし日記」 | コメント(3) | トラックバック(0) ]

2008年04月26日
「強盗が来たときに、黙って相手の好きなようにさせるわけにはいかないだろ」って言ってる強盗にはなりたくない、っていう話よ

 降水確率50%だったのに、結構強い雨になっちゃいました。慌てて帰ってきたんだけど、上がりそうかなと思ったら、また降ってきちゃったんで、今日の記事、書いちゃいますわ。バナーを2つ増やした話をきのうさせてもらったんだけど、説明できなかったもう1つのバナーの話をさせてもらいますね。


マガジン9条


 「マガジン9条」っていう、日本国憲法の第9条を守ろうっていう趣旨の、毎週水曜更新のインターネット上の「週刊誌」です。明るくて軽いおしゃれなノリの楽しいコンテンツ満載で、内容が濃くて豊富よ。2005年3月から続いているから過去記事も膨大になっていて、すごく参考になるからおすすめしたいと思うんです。

 過去に「9条を守るたてしなの会」で、新聞折込チラシを3回入れたことがあるんだけど、その内容どうするかすごく苦労してね、そのときにこのサイトに出会って、いろんな観点からのいろんな人の発言をたくさん読むことができて、とても助かったのよ。


 私たちの会も最初の頃はね、「強盗が来たときに、黙って相手の好きなようにさせるわけにはいかないだろ。国だっておんなじだよ」って言われて、「そう言われたら、なかなか言い返せないよな」なんて言って、くらーくなってるレベルの会でした。

 当時、私たちの手元にあった雑誌の記事とかチラシの内容には、
 「日本を攻めても、相手になんのメリットもないから攻めて来る心配はない」とか
 「北朝鮮には、日本を本当に攻めて来る実力はない」とか
 「軍備なんか持たない方が、相手は責めにくい」とか
そういうようなことが書いてあって、そんなのをみんなで読むんですけれど、9条について迷っている人に、今ひとつ心に届く説得ができる自信を持てずにいました。

 それで「マガジン9条」にあるいろんな論点を参考にしながら、とぼとぼではありますけど、私たちなりに議論を深めてきたわけです。



 先に触れた、「強盗が来たときに、黙って相手の好きなようにさせるわけにはいかないだろ。国だっておんなじだよ」っていう議論ね。つい最近の雑誌の投稿欄にも出てたってコピーを見せてくれた人がいて、なんか懐かしい意見だなあなんて思ったけど、素朴な感じもするんである程度まだ説得力を持っているのかも知れない。

 でも、まるでおかしいということ、だんだん分かってきたんだよね。この意見は、「9条のある世界」というのを、現実とは別に空想して勝手に不安だと言ってるんだけど、今の現実こそが「9条のある世界」なんだもんね。

 いいか悪いかは別にして、年間5兆円に近い防衛予算と24万人の自衛隊員を擁する世界第4位(一説には第2位)、イギリスもフランスも上回る「軍事力」を日本は持ってしまっているの。

 これが「9条」のもとにもたらされた現実で、「9条」を棄てるということは、この現実を越えるということなのね。海外派兵や武力行使を容易に行えるという国にしようというわけ。



 自衛隊をなくして軍事同盟をなくそうという人も、
 今くらいの自衛隊ならあった方がいいという人も、
 どちらも「9条」を守るという選択が正しいんだよ。
 「9条」をなくすということは、自衛隊を、全く性格の違う新たな強大な軍事力に変えていくということなんです。
 
 私はね、実は自衛隊もない方がいいと思ってるんだけど、「9条を守る会」ではそこまでは言わないの。とりあえず、今より悪くしないっていうことで、一緒にやっていこうっていうのがこの運動の意味なのよ。

 だからね、「強盗が来たとき」の話はもう終わってるの。

 自分が「強盗」にならないようにした方がいいのか、「強盗」もときにははしょうがないと思うのか、そういう選択が、「9条」をめぐる選択なんです。


 なんつーあたりが、私たちが学んだことかな。
 みんな、どー思う?


 最近は「くさい貢献」じゃないない「国際貢献」とか、「テロとの戦い」とか、そういう論点が中心だから、そういうあたりもみんなで勉強していかないとね。私はね、911がとてつもなく恐ろしい陰謀だったと思ってるんですけど。「911の嘘をくずせ」というようなドキュメンタリーをもっともっとたくさんの人が見てくれるといいんだけどな。山のような証拠にボーゼンとしちゃうよ。


 「マガジン9条」の「もくじ」の真ん中あたりに、「この人に聞きたい」っていうコンテンツがあります。そこが一番勉強になりました。バックナンバーさかのぼって読んでみてね。もう膨大な量になってて、とても読みきれないけど。
[ 投稿者:ナガレのおやびん at 15:24 | 9条を守るたてしなの会 | コメント(3) | トラックバック(0) ]

2008年04月25日
さっさと寝ちゃえばいいのに、いつまでもダラダラよそのブログのぞきに行ったりうろうろしてたときに、たまたま見つけたのよ



 きのう、ブログ画面の左端の柱の真ん中あたり、貼り付けバナーが並んでいるところに、2件新しいのを追加しました。今夜はその内のひとつ、「クリックで救える命がある」というバナーの紹介をさせて下さい。


 これね、さっさと寝ちゃえばいいのに、自分のブログ記事書き終えるとなんかコーフンしちゃってさ、いつまでもダラダラよそのブログのぞきに行ったり、ネット上をうろうろしてたときに、たまたま見つけたブログに貼り付けてあったものです。


 将来は、バナー元の方でデザイン変えてしまうかも知れないけど、4月25日現在のデザインを前提に説明させていただきますと、「1.地球温暖化防止」とか「2、骨髄移植推進支援」とか、7つの項目を表示した画像が次々と入れ替わっていくでしょ? これ、それぞれの画像がスポンサー企業のページへのリンクになっていて、たとえば「1.地球温暖化防止」をクリックすると、「コスモ石油」のサイトのクリック募金のページにジャンプします。そうすると、そこには「南太平洋諸国支援」とか「シルクロード緑化」とか、8つの具体的事業が説明されていて、好きな事業をクリックすると、「コスモ石油」が1円を、クリックした人に代わってその事業に寄付してくれるというわけです。たった1円かって思うかも知れないけど、毎日クリックしたっていいのよ。ただし、1日1回までだそうです。チリも積もれば山ってわけで、例に上げた「南太平洋諸国支援」だって、すでにおよそ380万円になってるよ。

 その他、「価格.com」とか「JOMO」とか「全労済」とか「KIRIN」とか「日本製粉」とか「eーまちタウン」とかってスポンサーサイトにジャンプできるようになってます。ジャンプするだけで、1円の募金になるサイトと、サイトの中から事業を選んでもう1回クリックが必要なサイトとがあるから、よく画面を見てね。

 「クリックで救える命がある dff.jp」って書いてある画像も出てくるけど、これをクリックすると、このバナーの運営元、その名も「クリックで救える命がある」っていうそのまんまの、「クリック募金によるNPO支援や、企業とのコミュニケーションを通じて“持続可能な社会づくり”を推進するサイト」に飛んでいけます。ここを見ると、他にも何社かクリック募金に取り組んでいるみたいね。今日までに、すでにクリック募金総額はおよそ1億8千3百万円だそうです。どれだけの期間だか分かんないけどね。クリックする人には、1円も負担はかからないのよ。



 「1000円寄付するのに1000回のクリックが必要だなんて、やってられないわ。1000円出した方が簡単じゃない」っていう人もいるかな。だったら1000円出したらいいのよ。遠慮しないしない。それで、もし1000クリックできたら2000円になるでしょ。自分にできることに更に加わるプラスアルファを、企業が手助けしてくれるんだから、私は素直にお手伝いしてもらったらいいんじゃないかなと思う。

 バブルの頃は、メセナだか、モセナだかっていって、企業が文化芸術活動を支援するなんていうのがはやったけど、「うさんくせーな」なんて思っちゃってさ、あ、クセナだっけ? 私、全然そういうの好きになれなかったんだけど、今いろんな企業が取り組んでいる環境活動っていうのは、本気でやってるところもいっぱいあるんじゃないかなって思ってる。

 この前、NHKテレビの音声をラジオで聞いていたら(テレビないもん(笑))、電球は消費電力が大きいので、工場全体の生産ラインを2年後にすべて、蛍光管の生産ラインに入れ替えることを決めた会社のことが紹介されていた。あのボール型の蛍光管ね。最近のは、技術革新で電球と同じサイズになって、電球と同じ赤い光を出す製品も登場してるんだって。消費電力は電球の5分の1とかって言ってたかな。これで日本中の家庭が電球を蛍光管に代えてくれたら、CO2排出量は何トンだか削減できるなんて言ってたよ。もう、連日そんなニュースがたくさんよ。もう、ニュース聞くの大好き。

 たとえば企業なんて、社長さん1人が、「不都合な真実」でも見て本気になったら、瞬く間に変わってしまえるんじゃないかな。だから、最近のニュースにあふれている企業の環境への取組みを、私は色眼鏡で見ないで、本気で拍手してるんだ。中には、少しはインチキ企業も混ざっていたとしてもさ。古紙インチキの製紙会社とかね。

 本業で環境壊しておきながら、少しくらいいいことやってる格好したってだめだよ、っていう見方もあるかも知れないけど、でも少しくらいだからって、ダメだって思わない方がいいと思うんだよ。私たちだって、自動車運転することだってあるでしょ。あ、私はないよ。なんたって免許取消ですから。エッヘン、ウッホン、オッホン。


 そういうわけで、みなさん、多分自分で募金なんかする力を充分お持ちだとは思うけど、それにプラスアルファでさ、クリック募金なんかも一緒に取り組んでもらえれば、うれしいと思うわけです。
 
[ 投稿者:ナガレのおやびん at 21:24 | 「はみだし日記」 | コメント(0) | トラックバック(0) ]

2008年04月24日
あなたコタツの使い方が違うわよと教わって、私のコタツライフは次の高みへと導かれたのでした

 ずっと以前に「豆炭コタツ」に関する記事を書きました。2006年11月26日かな。その頃はよく分かんなくて、大体12時間おきくらいに、7粒くらいの豆炭を、穴の開いた片手鍋みたいな専用の道具に入れてガスコンロで点火してました。15分間くらい目いっぱい強火ですからね、なんか、これってもったいないな、どうも変だなと思ったんですけれど、やっぱりそれはやり方が違っていたのよ。豆炭コタツの使い方って、こうじゃないのよ。

 もうそんな昔の記事覚えている人も少ないと思いますけど、アクセス記録なんか見ると、まれに「豆炭コタツ」の検索でひっかかることがあるみたいだし、間違ったことほっとくのも気持ちが悪いので、訂正することにしますわ。


  
掘りコタツの穴

 写真ね、前回の記事の写真の一部をもう1回使わせていただきますね。私の家のコタツというのは、60cm四方、深さも60cmくらいの穴が床にあけてありまして、中で豆炭を燃やすようになってます。火鉢の中みたいに灰でいっぱいにしてあるのね。ちなみに私が借りている家は、7つの部屋のうち、4つにこのコタツの穴があけてあります。使ってないときは、板でふさいだり、その上に畳を敷いておいたりしておくのよ。穴の周囲の枠の大きさが、ちょうど半畳×半畳になってます。

掘りコタツのやぐら

 その上に90cm四方のヤグラを乗せます。ヤグラの上が格子状になってるけど、同じような格子状の羽目板を足元にもはめて、穴に足が落ちないようにします。それで、あとは普通のコタツと同じで、ふとんをかぶせて、天板を置くのね。

 ガスコンロで点火して灰の上に置くだけの豆炭って、12時間くらいで消えちゃうことが多い。すぐに消えちゃうこともあります。どうしたらいいのかと思ってましたけど、私の前回の記事を読んで、あなたコタツの使い方が違うわよと、教えてくれる方がありました。

 要するにね、「おき」を作ってしまうのが大事なのね。最初は7個くらいの豆炭をガスコンロにかけて点火するでしょ。そしてそれを灰の中に埋めてしまうの。更にもう1回、7個くらいの豆炭を点火して、灰の中の温度を確保するために灰の上にも置きます。12時間ごとくらいに様子を見ながら、灰の中と上に点火した豆炭を足していくと、翌日か翌々日くらいには、灰をスコップでよけると、中から真っ赤に明るく光る豆炭が燃えているようになります。これで「おき」ができました。こうなったらもう、ガスコンロでの点火なんてことがいらなくなりますし、灰の上に足す豆炭というのもいりません。この状態になって初めて、豆炭コタツが地球に優しい暖房器具になってくれるわけね。

 12時間じゃないよ、24時間に1度、ふとんとヤグラをはいで、灰の中の真っ赤になってるところに、新しい豆炭を10〜12個入れます。また薄く灰をかぶせて、これで燃料補給は終わりよ。1日じゅうポカポカ。寒さの厳しいときは10個じゃきつい。12個入れ続けると、日増しに「おき」が大きくなって温度も上がってきます。

 1年の半分、11月から5月上旬くらいまで、このコタツがポカポカ体を暖めてくれます。900円から1000円くらいの12kgの袋を今シーズンは8袋くらい買ったかな。できるだけ、ストーブを使わなかったから、やっぱり安くつくよね。

 今でも毎晩コタツで寝てるの。もう気持ちいいったらないよ。私みたいに床にコタツの穴をあけている家はあんまりないと思うけど、ヤグラの内側、ちょうど電気コタツの発熱部にあたる所に、豆炭を入れて暖まる式の豆炭コタツもカインズホームに売ってたよ。1万2千円くらいだったと思う。24時間火が消えないから、家の猫ちゃんたちが大喜びだった。私のおすすめです。本当はコタツと薪ストーブが両方あれば、とっても暮らしやすいと思ってるんだけど。

 というわけで、今夜はコタツの話。
 コタツ持ってない人は、コタツの夢でも見てね。



前回の「豆炭こたつ」の記事
[ 投稿者:ナガレのおやびん at 19:51 | 「はみだし日記」 | コメント(0) | トラックバック(0) ]

2008年04月23日
やっぱり、なんだかんだ言っても、会社の中で人より多い給料とか、いばれる地位とか、もらえたらいいなと思っていた私

 今日ね、しばらく会ってない友だちから、「ブログ読んだよ。がんばってね」と電話をいただきました。タレントでもないのに、自分のことみんな書いちゃって、これでいいのかなって思いはありますけど、気にかけてくれる人もいるということが改めて分かって、やっててよかったと思いました。特に私みたいな生き方は、みんなをハラハラさせてしまうんだもん。



 私が会社を辞めた11年前はね、脱サラ新規就農みたいなことは、今ほど市民権を得ていませんでした。私が10年勤めた会社の、最後に配属されていた部署は「生産管理室」というところで、私がそこの室長に退職の意思を伝えたとき、「農業なんて甘くないんだよ。農業で暮らせると思うんなら、事業計画と収支予測をレポートにして持って来い」って言われました。ちょっと落ち着いて考えると、なんか変なんですけれど、この室長はすごい仕事のできる人でありながら人情味もある大好きな方だったんで、私、レポート出しました。内容デタラメなんですけど。だって、そうなってないですもん。

 私、当時EM農法の話なんかを聞いて、「これさえやれば病気しらずの限界突破、収量4倍の夢の農業!」っていうふれ込みを頭から信じてたんで、よーし、EM農法で、農業では儲からないなんていう世間の常識をくつがえして、農業を見る目を変えさせてやるぞお! って、そういう意気込みでこの世界に飛び込んだのでした。環境問題にも関心はあったけど、自給自足とか、ロハスな生き方とか、そういう意識とはずい分遠いところにいたと思います。私は農業が、新しい時代には、一番儲かる世界なんだということを世の中に示すんだって、そんな気持ちが心にあったと思う。

 でもね、当時は珍しかったかも知れない成功した有機農家という存在が、今では、そこらじゅうにいっぱいいるようになりました。もう、有機農業には希望があるんだということは、世間の常識になったと思う。会社を辞めて11年もたつけれど、後から就農してきた後輩の脱サラの人たちも、多くは素晴らしい農園を作って、生き生きがんばってるよ。もう成功事例は世の中にあふれるようになった。世間もそれを認知するようになりました。



 私はというと、相変わらずのへタッピーでしょ。暇なときに開いてる本は農業じゃないもん。料理とか、環境とか、ニュー・エイジとか、ダイエットとか(笑)だもん。



 一方では、私は会社をやめてから、いろんな人との出会いを通じて関心が広がって、いろんなことをやりたくなった。同時に、最初は軽視していた自給的な暮らし、自然な生き方みたいなことを考え直すようなチャンスをたくさん与えてもらいました。

 やっぱり、なんだかんだ言っても、会社の中で人より多い給料とか、いばれる地位とか、もらえたらいいなと思っていた当時の私が、ジャンプするには、「農業で儲ける」っていうイメージが必要だったんだと思う。


 私が就農したときから、トラクターを貸してくれていた方が、とうとうそのトラクターがダメになって、次のに買い換えました。大体、いまだに自分のトラクター買えてないっていうのがおかしいんですけれど。前のトラクターがダメになったのは、私がさんざん借りていた影響も大きいでしょ。新しくなったトラクターを、以前と同様に借りに行けるほど、私は面の皮厚くないの。



 これは何かのチャンスかも知れない。新しい暮らし方を考えよう。



 ふーちゃんならこう言うかも。



 私は今年の畑をトラクターなしで始めました。去年の草を刈払機できれいにして、鍬1本で畝を立てたよ。かつては2反歩(600坪)も作ったこともあるジャガイモも、今年は7畝。あー、なんかすごい楽しかった。でもね、これはお金を取れる畑じゃない。なら、まず自給でしょ。そしてできるだけ多めに作って、地域の直売所に置けるくらいの収穫ができれば御の字。いいのいいの。

 私はね、会社を辞めてから、テープ起こしして原稿を編集して、出版のお手伝いをしたり、ミニコミ誌を編集して自分で発行したり、そういうことを知らず知らずのうちになりゆきでたくさん経験させてもらたの。だから、正式にそういう仕事を受注できるように、改めて講座を受けたり、そういうことを考えています。農園レストランは、まずは料理の腕をもっともっと上げながら、よーく考えて作戦立てていくよ。

 それから、当面の現金を何とかしないと。自転車で通える範囲で、飲食業の厨房に入れる仕事を、今、目を皿にして探しています。愛読書は「求人ジャーナル」。2週間前、ぴったりの求人があったんだけど、「もう決まりました」って言われちゃった。

 ふーちゃんも自給的な畑を一緒にやれれば充分って言ってる。でも、生活が行き詰らないような現金収入の道を考えてと言ってる。その道ができれば、すぐ結婚よ。


 農業の人からは、「お前は自分の努力が足りなくて農業がうまくいかなくて、そしたら今度はレストランかよ。最初は農業で儲けますって言ってただろう」って、痛いところを突かれてちょっとへこんだけど、がっかりさせて申し訳ないけど、やっぱり私は死ぬ最後の瞬間まで、自分らしい生き方を目指していきたいと思うんだ。


 私は、ダメな人間だから畑で失敗してるんじゃないんだ。努力する力がないからじゃないんだ。私には力もある。エネルギーもある。私は、自分のいい所があるとすれば、それを伸ばしながら生きていくんだ。





 今日ね、お会いしたことはないんだけれど、インターネットの世界で励ましなんかをしてくれるお世話になってる方に、今のあり方がしっくりしなくて迷っているみたいな、相談というかそんなようなメールをいただきました。

 私、背伸びして、こんなお返事差し上げました。このお返事は、そっくり私にお返しね。この言葉は、私自身にこそ必要なんです。




     そっか。


     そういうことなら話は別ですね。




     私が好きなてんつくまんの詩があるよ。



         迷ったら
         迷わず
         楽しい道へ
         行け。




     こんだけ(笑)
   
[ 投稿者:ナガレのおやびん at 23:39 | 「はみだし日記」 | コメント(2) | トラックバック(0) ]

2008年04月22日
ここがミソ。「日本国憲法」の精神が、この現実の中にどう実現しているのか、していないのかをお話してもらえるんだよ。

役場裏の桜


 ・・・って、お前のブログも桜かよ(笑)


 役場の裏道の並木です。やっぱり見ればきれいだもんね。・・・写真にしちゃうとどうして桜ってこうつまんなくなるのかな。実物見ると、すごーい!命が燃えてるー!って感動すんだけどな。
 

 今夜は「9条を守るたてしなの会」の4月の例会でした。

 実は、私、代表になっちゃってさ。あ、その話もう聞いた? もう、いい? あっそ。


 私たちね、この前の3月25日に、連続講座「暮らしの中の憲法、暮らしの中の人権」の第1回目として、「今、教育に何が起こっているか 〜中高生は憲法をどう学んでいるか〜」と題した講演会をやったの。講師は、すぐ隣の望月に住んでいらっしゃる岩下和(かのう)さん。ずっと中学校の社会の先生をしていて、最近定年なさった方です。私たちのコンセプトは、お金をかけて有名な講師を呼んで人集めをするんじゃなくて、有名でなくたって、地元にいるすぐれた方々を講師に招いて手作りの勉強の機会を作ろうということです。

 ここまでの企画がまとまるまで、ずい分、ていねいに議論しました。私たちの会の特徴は終始なごやかで、すぐ脱線することなんですけれど(笑)、いろいろな意見を交わしました。問題のひとつにはね、「9条の会」の運動というのは、思想信条の違いを超えて、「9条を守る」という一点で一致していっしょにやっていこうという趣旨なのね。だから教育とか医療とかエネルギーとか、広く社会問題を考えるというような方向に進んで行って大丈夫かなという懸念もあるわけね。

 それ以上に、お客さんが興味を持ってくれるような内容にどうしたらできるかということが大問題。最初は、憲法の全体を学ぼうということで、前文から各章をひとつひとつ学んでいこうっていう企画だったんだけど、自分がお客の立場なら、前文とか戦争放棄や基本的人権のあたりは、まあ面白そうかなとも思うけど、今日は「国会」と「地方自治」の章をやりますなんて言われたら、じゃあ今日はやめとくかってなっちゃうよね。学生じゃないんだから。

 それで、やっぱり広く時事問題からトピックをひろって、それに詳しい地元の人に話してもらおうっていうような線にだんだんまとまってきたわけ。


 先日、ちょっと遠いけど御代田町の「六ヶ所村ラプソディー」の上映会に行ったら、もう主催者がびっくりするほどの満員大入り。言い出しっぺのあっちゃんを中心に、近隣のいろんなグループがネットワークを作って成功させたのよ。その中には近所の「9条の会」もいて、そこのチラシを見ると「六ヶ所村を考えよう」みたいなことで集会をしてる。やっぱりそうだよって共感しました。「9条」を守るという思想は「共生」を守るという思想だから、それは生き方全体だもんね。必ず、それは、あらゆる社会問題に広がっていくんだ。



 まあ、そういうわけでいざ講演会を迎えたの。私たちの作戦は、「9条を守るたてしなの会」のよびかけ人名簿に基づいてあいさつ文と講演会のチラシを2枚入れた封筒を送ることね。なんったって私たちは百数十名の呼びかけ人で発足した会なんですから。えっへん、うっほん、おっほん、げほげほ。

 まあ、全部が来ることはないだろうけど、半分くらい来たとして50数名かな。友だちを連れてくる人もいるから60名。待て待て。世の中そんなに甘くないから、まあ30名だと思おう。そうすればがっかりすることないから。30名だと思ってればいいや。


 ・・・なーんて言ってたらさ、


 当日の参加者11名。わはは。


 いっつも7、8名で例会やってるから、プラス3、4人か。わははははは。



 こんなもんです。


 それで、その反省と次回への作戦を作るのが今日の例会。いい話合いができたよ。今度は大丈夫。やっぱり、宣伝の王道を行きましょう。地域のミニコミや地方新聞や有線テレビの告知コーナーを利用したり、まあ、イベント上手の人たちが読むと当たり前じゃんって笑われそうだから詳しくは書かないけど、いろいろ忙しい私たちが無理しないでできて効果的でもあることを、みんなで出し合って作戦立てました。忙しいってことはさ、いろんな会合にみんな顔を出してるわけ。たくさんたくさんチラシを持ち歩いて、まずやる気のある私たちが、会合なんかのたびに、相手の目を見て声かけしながらチラシを渡していくことね。これ基本中の基本。

 私だってさ、まだサードシーズン始まってなかったから(笑)、ブログで告知さえしてなかったんだもんね。とほほだよ。


 それでね、ブックレット・プロジェクトというのを、同時並行でやります。前回の岩下先生の講演の内容は、とってもビビッドでグレート。今、教育界全体が抱える問題が、極めて明瞭に浮き上がってくる名講演でした。資料とレジュメも12ページも用意してきてくれたのよ。それをテープ起こしした内容に、資料の内容を埋め込んで、岩波ブックレット真っ青の、私たちのブックレットを編集して、それを広めます。まあ、製本は二つ折りのB4を重ねただけのB5版ですけれど、内容は身もだえものよ。

 私たちの目的は、イベント会場に人を集めることじゃないですもん。メッセージが広がって、世論に影響を与えることですもん。やれることがあるんだったらやるよ。

 可能なら、このブログからブックレットの内容を Adobe Reader でダウンロードできるようにするとか(もちろん無料よ)、そんなことできるかKenちゃんに相談してみます。テキストだけなら、ブログ本文に貼り付けられるかもね。長くなると思うけど。







 そういうわけで、ご近所さまも読んでるかも知れないから、次回講座の告知をしておきますね。

連続講座「暮らしの中の憲法、暮らしの中の人権」第2回
「市町村合併が地域に本当にもたらしたもの」
講師:伊藤盛久さん(佐久市市議会議員)


 隣の望月町が佐久市に吸収合併される際に、反対の声を上げていた伊藤さんが、佐久市市議会議員の立場で、合併後に望月にもたらされた変化を、数値データを裏付けに語って下さいます。そして、ここがミソなんですけれど、講師の先生には、「日本国憲法」にうたわれている精神が、この現実の中にどう実現しているのか、していないのかを絡めてお話下さるようお願いしてあります。「地方自治」の観点から、「日本国憲法」の現実が、浮き彫りになる講演会となるでしょう。

6月23日(月)午後7時から
立科町老人福祉センター(予定)

日付は決定ですから、もうカレンダーに赤丸よ。会場は多分大丈夫だけど変更の可能性若干あり。



本日はここまで。おそまつさまでした。チャンチャン。
 
[ 投稿者:ナガレのおやびん at 22:28 | 9条を守るたてしなの会 | コメント(0) | トラックバック(0) ]

2008年04月20日
、「そうなのよ、そうなのよ。とうとうあなたもこっちの世界に来たのね」私、そっちに行っちゃいました。さよなら。

 あーあ、楽しかった。

 やっぱり、ずっと薄曇りだったけど、寒くもなく風も穏やかな過ごしやすい天候の中、無事、2008アースディin佐久は盛況の中終了しました。

会場・ステージ

 去年の第5回の参加ブースは26。今年は47のブースが会場を埋め尽くしました。個々の出展内容もとてもレベルが高かったというか、アースディの趣旨にしっかり調和していたと思います。各ブースのみんなも、回を重ねるにつれて、他のブースの様子なんかからも刺激を受けながら、学びを重ねているんだなと思いました。

会場。ステージ後方から

 2003年の第1回は、南佐久郡の有機農家の呼びかけで、たった5つのブースから始まったんだって。おまけに土砂降り。私は第3回から顔を出すようになったけど、なんか、たとえ実行委員としてがんばれない年があったとしても、このイベントの成長が自分のことのように誇らしく思います。

会場・ティピ

 まあ、それで環境や平和や食の問題について、いろんな立場から一生懸命考えている友だちが、もう一同に会するって感じでさ、大都市の大アースディとは多分全然違う楽しみがあるんだよね。私、自転車だからフットワークが良くなくて、しばらくお会いできなかった友だちと次から次へと再会できて、ホント、コーフンしちゃったよ。

 シンガーソングライターのユッコさんも元気だった。しまった! ツーショットの写真撮ってもらうの忘れた! 私をインターネットの世界に連れ出してくれたウェブデザイナーのKenちゃんとも久々の再会。わくわくトラストのあーちゃんもいたよ。「FREE HUG」のプラカードを掲げてハグしてくれるうるとびーずさんはアースディin佐久の名物ね。私もハグしてもらいました。その他、ハグは抜きだったけど(笑)言葉を交わして下さったみなさん、ありがとうございました。今年はふーちゃんは都合で来れなかった。残念だった。みんなに聞かれちゃったよ。ふーちゃん、どうしたのって。どーもしないよ。

 さてさて、今年のスタンプラリーは好きなブースを回って、スタンプの代わりに、各ブースが「いちばん大事にしているもの」を書くという趣向です。今年のアースディin佐久のメインテーマが「なにが大事なんだろう」だからってわけです。私が手伝った「たてしなホーム しらかば(福祉施設)」のブースは「愛」と書くことにしました。
 それでさ、子どもたちが用紙を持って回って来て、私がマジックペンを持って出迎えたんだけど、「愛」という漢字が

 ・・・・・・・・・・・・思い出せないの。うはははは。

 おーまいごっど! なんか「変」みたいなごまかした字をグシャグシャと書いて、慌てて携帯電話で変換して漢字を確かめたよ。
 同じブースの、ちょっとおねえさん世代のヒロさんにそのことを話したら、「そうなのよ、そうなのよ。とうとうあなたもこっちの世界に来たのね。そうなのよ」と、ヤケに喜ばれてしまいました。あれまあ。でもさあ、うちのブースじゃ「変」を大事にしているっていうのも、ちょっと新しいかも。新しくなくていいの? あーそー。

会場・後の方


 今年のアースディには、スペシャルゲストがありました。
 アリシア・ベイ・ローレルさんという方です。私、失礼ですけれど全然存じ上げなかったんですが、大きな影響を世界に与えた方なんですね。私が、パンフレット作成のときにインターネットで分かった情報をツギハギして作った紹介文はこんな感じです。

 【 ヒッピー・カルチャーを代表する70年代の世界的ベストセラー、今日のエコシンキングを先取りした名著『地球の上に生きる』の著者、アリシア・ベイ・ローレルさんが登場。“倹約しながら楽しく生きる”を音楽で表現したソロアルバムも2作発表。楽園ハワイの空気を携えて、美しい音楽とメッセージを伝えてくれます。】

 ああいうような音楽をハワイアンっていうのかな、違うのかな。スチールギターじゃなくてアコースティックギターをかなでながら、不思議なハーモニーが重なるいい歌でした。きっと深い歌詞が歌われてるんだろうな。

アリシア・ベイ・ローレルさんと

 勇気を出して、写真をお願いしました。すごい素敵な方だっていうのが分かるでしょ。後光が差してるみたい。そばにいるだけで気持ちがよかったよ。こういう人に私はなりたい。左のオヤジはちょっと誰だかわかりません。




 「FREE HUG」のうるとびーずさんのブログにも今日の報告が出てる。雰囲気がよく伝わってる。写真もこちらの方がうまい。書いてある感想はちょっと似てましたわ(汗)。

 うるとびーずさんのブログ

 今夜は12時前に書き終わったよ。じゃ、おやすみ。


[ 投稿者:ナガレのおやびん at 22:48 | アースデイin佐久 | コメント(4) | トラックバック(1) ]

2008年04月19日
はー、すごい。ため息してる場合じゃないよ。でも本当に道ってひらけるんだね。オレだってひらけるのかもかも(←ちょっと弱気)

 きのうはセヴァン・スズキさんのスピーチを紹介しましたけど、聞いてくれた人いたかな。

 これさ、3万人が参加したと言われる世界最大規模の国際会議「リオ環境サミット」の会場だよ。なんで、そもそもこんなとこでしゃべれるの? コネでもあったん?・・・って思わない?

 そしたらコネなんかまるでない、まるっきりの飛び込みだったんだって。すごいよ。同じ学年の友だちとECOってグループを作って環境の勉強したり、海岸の清掃活動をしたりしてたんだって。それでリオで大事な環境の会議があるっていうニュースを聞いて、これは子どもたちにとってこそ大事な会議だから私たちもでるべきだって、話し合ってそういう結論になったんだよ。わははは。もう、この時点で圧倒されます。

 それでどうしたのかというと、お菓子を焼いて売ったり、持ってる本を売ったり、アクセサリーを作って売ったり・・・そういう売り方なんかは大人もいろいろアドバイスをくれたみたい。そうしてカンパなんかもあって、5人の仲間の旅費を作って、ようやく会場に乗り込んだんだ。それでNGOのブースの1つが借りられて、それで道行く人をつかまえては小さなスピーチをしたり話しかけたりしてがんばった。

 そしたら、やっぱり信念が道をひらくんだよね。ユニセフの議長の目に止まって、この議長がサミット議長に「子どもたちも会議に参加させるべきだ」って説得してくれたんだよ。

 そしてとうとう、12日間に渡る会議の最終日、政策会議の壇上で、「子ども代表」として発言するように言われるのです。あの練りに練った詩のようなスピーチは、会場に向かうガタガタ揺れるタクシーの中で書きなぐったものだったんですって。もう会議も最後の最後の方だから、会場の空席が目立つけど、このスピーチが大きな反響を呼んで、世界中に招かれて講演したり、今は大活躍中なのだそうです。


 はー、すごい。


 ため息してる場合じゃないよ。

 2002年と2003年には来日もしたみたいです。


 いろいろ最近の写真も拝見しましたけれど、
 セヴァン・スズキさんって、

 はー、・・・・・・・かわいい (← おいこら、それかよ)




 このスピーチは伝説とはいっても、やはり今でも私たちがそれに触れることができるのはインターネットのおかげです。じわじわと、雨だれが石をうがつように、たとえば、こういうスピーチとか、あるいはこのスピーチに限らず、心を奮わせてくれるたくさんの素晴らしいメッセージが、インターネットの海に広がっているんだよね。

 もうやっぱり、感じられるのは希望だけ。
 絶対地球はいい★になれるな。これケッテー!



 というわけで、明日はアースディに行ってきますね。
 おととしだっけ? 降水確率70%くらいだったのに、会場の上だけ、まあるく晴れてきて、とうとう最後まで雨が降らないどころか太陽が会場を照らしてくれたのよ。今年も降ったり止んだり降ったり止んだりの気まぐれな空模様ですけれど、この順番ですと、明日は晴れですな。


 実行委員会のご配慮で、当日会場で配布する4ページのパンフレットを私に作らせてくれました。印刷は、相棒のハンちゃんがやってくれてるはず。少しは参画してる、いい気分にさせてくれました。いつもいつもありがとうね。



 あ、そだそだ。今日のセヴァン情報の元ネタは以下です。
 その後のスピーチとかいろいろ情報あるよ。
 セヴァンファンは要チェック! (← って、なんかずれてるぞ!)

 ナマケモノ倶楽部(関連ページいっぱいあるよ)

 株式会社ウインドファーム(ここも盛りだくさん)


 やっぱりここにもセヴァン・スズキさんのスピーチをもう1回埋め込んでおくね。





 また、しばらくしてもう1回、ちょっとセヴァンさんのこと書きました。
こっちも見てみて

[ 投稿者:ナガレのおやびん at 23:58 | アースデイin佐久 | コメント(0) | トラックバック(0) ]

2008年04月17日
来年こそは楽しいブースを出して参加したいよ。わくわくアースディ「2008アースディin佐久」開催迫る! ぼくも行く!私も行く!

 今年もアースディの季節となりました。日本中、いや世界中で様々なアースディが催されると思いますが、佐久平駅前の公園「ミレニアムパーク」で開催される「アースディin佐久」は、きっと世界中でも指折りの手作りの心暖まる最高のイベントなんじゃないかなと思います。ブースの数は30に満たない小さな催しかも知れないけれど、本当に毎年毎年、これに参加するといい思い出が重なっていくよ。

 一昨年の2006年、それからその前の2005年は、実行委員会に参加して張り切って活動して、自分のブースも出して、目いっぱい参画してアースディを堪能しました。そのあたりの経緯はこのブログでもたっぷりご紹介しました。

 昨年は例の免許事件でしょ。自動車がなきゃいろいろ困ることも多いし元気もなくなってたんで、お客さんとして、当日の会場で楽しむだけに終わってしまいました。それだってマジ、チョー楽しんだわよ。
 
 今年はさ、実はブースを出そうと直前まで計画してたんだけど、それがどうも難しくなっちゃってブース出展ドタキャンという事態になって、実行委員のみなさんにも迷惑かけちゃいました。今年出す予定だったのは「長野県有機農業研究会東信地区」っていう名前の食べ物を出すブースだったの。私からじゃなくてさ、有機農研の会員の仲間から「アースディin佐久」に出ようよっていう声が上がって、私はとっても喜び勇みました。うひょー!やった!やった!

 でもね、結局みんな地区の行事とかアルバイトとかいろんなものと重なってしまって、私とアースディ実行委員をやってるサカイさんと2人以外、提案してくれた方も含めて全員欠席ということになってしまって、今回は残念ながら見送りということにしました。ごめなさい。


 でもね、アースディは行くよ。ちょうど立科町の福祉施設から出すブースが人が足りないんだって。いつも世話になってるトシエさんの頼みでもあるので、そっちのブースのお手伝いを張り切ってやりたいと思います。


 お楽しみ「2008アースディin佐久」は

  4月20日(日)だよ。
  会場は佐久ミレニアムパーク

 私らみたいにドタキャンブースなんかもあるから、会場配置図や参加ブース紹介のアップはもう少し時間がかりそうだけど、Kenちゃん作成のごきげんウェブサイトで詳細をご確認下さい。バナーをここに貼り付けるのがよくわからないからURLだけご紹介しておきます。

 「2008アースディin佐久」公式ホームページ


 ちなみにこのホームページでは1992年のセヴァン・スズキさんのスピーチの Yuo Tube の映像が埋め込まれています。高木善之さんの著書で、このスピーチの日本語訳を読んだとき、感動して泣いちゃったよ。このブログを再開する直前、インターネット再開の練習みたいな気持ちで、話には聞いていた Yuo Tube に入って、私もこの動画を見つけて釘付けになっちゃった。わずか12歳の少女がリオの国際会議の席上で行った伝説のスピーチ。是非みなさん聞いてみて下さい。この You Tube の映像の埋め込みってここにもできるのかな。できるならここに直接埋め込んでみようかな。ちょっとやってみます。
 アースディのホームページも訪問してみてね。



[ 投稿者:ナガレのおやびん at 23:26 | アースデイin佐久 | コメント(0) | トラックバック(0) ]

2008年04月16日
もう、早速何を書くかと思ったら・・・もう最低!! と思われてもしょうがない秘密があったのです。

 私は今夜は例によって片道1時間半自転車旅で、佐久勤労者福祉センターで開かれた「『佐久地域9条の会』連絡会」というのに出席してきました。

 私ね、去年の10月から、「たてしな9条を守る会」の代表になっちゃったのよ。「たてしな9条を守る会」って、発足時は100人を越える呼びかけ人の名前を集めたんだけれど、実態は5人から8人くらいで集まってやっているある意味弱小団体なんです。それでその少人数の中で、前任者の代表の方辞任したいということになって、後任がどうやっても決まらない事態になっちゃって、一番若輩者の私が、「じゃあ、私にやらせて下さい」って言っちゃった。押し付け合いで代表の決まらないようなテンションの低い所にいるのはイヤだったから、私がここに留まるためにはこうするしかなかったんだ。ちょっとはイヤだなっていう気持ちも私の中にはあったけど、でもやるからには、新しい、楽しい、充実した「9条の会」になるようにがんばろうと思います。

 私が守ろうとしている原則は「わくわくする」「楽しい」「自分らしさを大切にした」「楽天的な」活動をするということです。なんか重苦しいのはイヤだよ。でも具体的それはどう動くことなのかな。とりあえず動きながら、みんなと考えていこうと思います。




 

 ・・・なんて、今日の報告はこれくらいにして・・・なんか偉そうに書き出しましたけれど、一番書きづらいことをさっさと書いてしまおうかと思います。
 とぼけてその問題には触れずにいることもできなくはないようにも思いますけれど、ブログを再開した以上、その問題に詳しい人も読むだろうし・・・つじつまの合わないところ、いずればれちゃうと思うから、書きます。



 かねてからの読者のみなさんにはある程度告白済みなんですけれど

(免許事件).

 私は社会の目も非常に厳しい「酒気帯び運転」というのをやってしまって、それに過去のスピード違反が累積して、免許取消という事態を招いてしまいました。それを2006年11月の事件としてブログ上でもご報告しました。それ以降は、車も車検が切れて廃車にしてしまって、ハンドルには全く触れずに自転車生活していることには全くウソはなかったんですけれど、ちょっと他の所にウソがあったの。
 詳しい人はわかってると思うけど、こういう時の免許取消って1年って決まってるのよ。それがさ、私が免許再取得の手順を聞きに望月警察署に行ったら、あんたは(免許)欠格3年だよって言われたの。普通に考えたらおかしいもんね。他に何かあるだろうって、詳しい人なら分かっちゃうもんね。
 私は、本当に知らなかった。1年がんばれば済むと思ったからがんばれたんだと思う。それがさ、3年って言われてがっくり体の力が抜けちゃった。もう、ふーちゃんには許してもらえないかもって目の前が真っ暗になった。

 それは、こういうことだったんです。実は、恥を申し上げますけれど、例の11月の事件の前に私は酒気帯びで捕まってたの。でも甘く見ちゃって、この信州で車なしで暮らせるかよって思ってとぼけて乗ってたの。交通違反もしないように気をつけてたつもりなんだけど、乗ったり降りたり乗ったり降りたり乗ったり降りたり乗ったり降りたり乗ったり降りたりしているうちに、ついうっかりシートベルト忘れてたら、真昼間の国道で、シートベルトで呼び止められて、それが11月2日だったの。それってシートベルトじゃ済まないでしょ。それって無免許運転です。とうとう私は極悪、悪党の仲間入りをしてしまいました。

 最初の酒気帯びは、略式起訴で「免許取消1年、罰金30万円」という判決だったんだけど、また捕まって次の略式起訴で判決は「罰金50万円」。免許のことは書いてなかった。そうか、取り消そうにも取り消す免許持ってなかったからな、わはは、と笑う元気なんか毛頭なくて、今度こそ心の底から悔いました。それで、佐久平まで1時間半かかっても上田まで2時間半かかっても、石にかじりついても自転車で移動する生活が始まったのです。
 免許のことが判決に書いてなかったのは、それは取り消す免許がなかったからというのは正しいです。でも書いてあろうがなかろうが、無免許運転をしたからには免許欠格3年というのは決まっていたのです。知らなかった。


 というわけで、あれから3年・・・ということは、今度の11月が来て、そのまた翌年の、2009年の11月まで、私は自動車免許を持つことができません。



 ふーちゃんは、「これは何かのチャンスかも知れない。新しい暮らし方を考えよう」って言ってくれました。ああ、仏さまみたいな人だよ。



 楽しいブログにしたいけど、今日はこんな内容になっちゃった。もうこのことは書かないから、みなさんお察し下さいませ。みなさん、私に言われたくないだろうけど、お酒を飲んで運転しない方がいいかも知れないよ (← いいかも知れないじゃないだろ!!)
 じゃ、またね。 
[ 投稿者:ナガレのおやびん at 01:16 | 「はみだし日記」 | コメント(2) | トラックバック(0) ]

2008年04月15日
「朝までわくわく」サードシーズンってことにしといて下さい。ご心配おかけしました。また、始めるよ!今までありがとうございます。
 
 みなさん、ご機嫌いかがでしょうか? 

 2006年12月16日を最後にブログ書き込みを中断してから、月日の早いものであっと言う間に、1年と4ヶ月が経とうとしています。その間、ご心配をおかけして本当に申し訳ありませんでした。長い時間が過ぎましたから、いろいろな出来事もありましたし、心の動きもありましたけど、健康面は絶好調です。今ね、人生の大切な局面を迎えていることをひしひしと感じて、心新たに生きるということに向き合おうとしているところです。
 今までのご報告も含めて、これから少しずつざっくばらんにいろいろ語っていきたいと思ってるんですけれど、もったいぶっているみたいなってもいけないので、近況の要旨をざっと書きます。

 ふーちゃんとは相変わらず婚約状態が続いています。ちょうどおととい、というか、もう日付が変わって3日前か、東京で初めて、私の両親とふーちゃんの両親とを引き合わせる会食の席を東京で設けることができました。終始なごやかな、楽しい席になりました。それでね、本当は6月に入籍と、できればささやかな結婚式という話になっていたんだけれど、私の経済的な不安定さが全然、解消されていないので、2人で話し合ってそれはもう少し先ということにしました。もう、出会ってから3年。今度の5月で4年目に突入します。今年いっぱいで状況が変わらなきゃ結婚できないよって、ふーちゃんは言いました。そうだよね。ふーちゃんの立場からすれば、そうも言いたくなるよね。「食うや食わず」階級からの脱却大作戦が、否応無く始まったのでした。詳しくは後日ね。

 自動車免許取消から、昨年の11月で1年となりました。自動車なしの生活なんか、この信州の片田舎じゃ無理、ましてや農家やってて自動車なしなんて絶対絶対無理という大方の見方に反して、立派に(笑)1年、暮らし通すことができました。それで、今は自動車復活かというと、残念ながら、まだ自転車生活です。これも詳しくは後日。

 ずっこけ有機農家というのも、まあ続いてるといえば続いていないこともないんですけれど、その実情は情けない限りです。「食うや食わず」階級脱却ともからめて、いろいろここは思案のしどころなのです。

 料理はますますどんどん楽しくなって、機会があれば、知り合いを家に連れ込んで、ごはんを食べさせてます。夢の「農園レストラン」は今でも私の輝く夢のままです。

角材を積んだ自転車(4)

 自転車生活も長いから、スタミナもすごくついたよ。こんな角材だって自転車で運んじゃうもんね。8フィート、約2m40cmだよ。まあ、田舎の空いた道だから許されるんだろうけど。

 ちょっと、顔出し(笑)
 せっかく痩せたけど、また戻って、また痩せようとしてるとこよ。なんだかブログ中断前から結局、何も変わってませんな。ふー。

自画像(2)

 まあ、今夜は、ご挨拶とこれからの予告編ということで、どうぞ、今後の「朝までわくわく」サードシーズン(笑)、お付き合いのほど、よろしくお願いいたします。毎日とはいかないと思うけど、無理のない範囲で、楽しみながらいろいろ語っていきたいと思います。

[ 投稿者:ナガレのおやびん at 00:04 | 「はみだし日記」 | コメント(6) | トラックバック(0) ]