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夢ハウスあずさ号 民宿のあずさ号
「特急あずさ号先頭車クハ183-1002号車」が夢に出てきて、96年12月にJR長野支社さんから私の処にやって来ました。そして、20年が経ち、幸運と奇跡です。{あずさ号に泊る「民宿あずさ号」}{プロにもなれる十割そば道場}{1泊で出来上がる手作り靴教室}皆さんに夢を提供するため夫婦で毎日奔走しています。駅長&助役より
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2014年06月27日
「第8幕」のはじまり、はじま〜り
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「第8幕」のはじまり、はじま〜り
関ヶ原の合戦に敗れた豊臣方の武将は、ある者は首を切られ、ある者は遠い島に流されましたが、昌幸・幸村親子は、徳川方に味方した兄、信之の三日に及ぶ嘆願もあり、また、家康の「殺してしまうにはおしいやつだ」という考えもあって、高野山近くの九度山に居を移されただけで済みました。生きのびたことはできたものの、九度山での生活は徳川方の見張りもあり、百姓と変わらない厳しいものでした。もちろん、昌幸が武田24将のひとりとして活躍していた頃、育てた「そば職人」も同行しておりました。
そして幸村も、真田紐を考案したり、十勇士をつかって全国の動きを常に把握するなど、“負け犬”にはなりませんでした。九度山幽閉十一年目に「真田の発展、天下の太平」を願いつつ、父、昌幸は息を引きとります。父、昌幸の死によって、「われら親子、兄弟が分かれてまで戦ったのは、天下を平定するためではなかったのか」と幸村は考えます。「天下太平は、豊臣では無理だ。徳川が天下を取ってこそ、平和は訪れる。しかし、このままでは、豊臣に遺恨が残ってしまい、いつまでたっても平和はこない」と考え込んでしまいます。幸村は、豊臣の名をはずかしめないで、儀を立て、徳川に天下を取らせる道を探すのでした。   「第8幕終わり」つづく http://www.yumehouse.co.jp/


[ 投稿者:駅長 at 07:59 | 真田幸村と十勇士 | コメント(0) | トラックバック(0) ]

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