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夢ハウスあずさ豪 民宿のあずさ号
「特急あずさ号先頭車クハ183-1002号車」が夢に出てきて、96年12月に私の処にやって来ました。そして、20年が経ち、幸運と奇跡です。{あずさ号に泊る「民宿あずさ号」}{プロにもなれる十割そば道場}{1泊で出来上がる手作り靴教室}皆さんに夢を提供するため夫婦で毎日奔走しています。駅長&助役より
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2014年06月30日
真田の秘密その1
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真田の秘密その1
これは真田家家老 横谷家の家系図 「重氏」のところに大阪城に入場して,幸村とともに討死、とある。多分、十勇士のだれか 多分、猿飛佐助ではないか?と推察。真田の秘密その1「全員討死」大阪冬・夏の陣で真っ赤な鎧に身をつつんだ大阪入城の供をした高野山・九度山の庄屋・地侍・猟師ら百五十名の男達がいたのですが、九度山幽居14年の間、幸村の人となりに接した男達が嬉々として奮迅し、全員燃え立つ火の玉となって雲霞のような徳川軍団に突撃する事数度、幸村討死の後もその場を去らず、ことごとく死んでいったのだそうです。主将が討死にした場合、将兵たちは戦場から落ち延びていくのが、当時の戦国の世の常でしたので「なぜ?」と素朴な疑問が起こりました。「武士道とは死ぬことと見つけたり」「最後の戦(いくさ)=平和」というキーワードが浮かんできました。http://www.yumehouse.co.jp/





[ 投稿者:駅長 at 08:25 | 真田幸村と十勇士 | コメント(0) | トラックバック(0) ]

2014年06月29日
「第10幕」のはじまり、はじま〜り ・・・完
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「第10幕」のはじまり、はじま〜り 
戦国時代が終わり、平和が訪れた時、十勇士の中でただ一人残った猿飛佐助は、春らんまんの桜に彩られた上田城を訪れ、徳川方についていた幸村の兄、信之と対面しました。
「幸村様をうらんでおいでかな」と佐助。
「うらんでおる。わしに真田家をまかせて、わしに反旗をひるがえして死んでいった幸村はにくい」と信之は、佐助をにらみつけます。
「関ヶ原の合戦の後、わしは家康殿に嘆願して、父と幸村の命を助けたつもりじゃ。そのわしの考えをうらぎって、また合戦をしおった幸村などにくくないわけがなかろう。」
「それではお聞きするが、大阪冬、夏両陣なくして、今の平和の世がありましょううか。どう思われます。両陣の戦いがなければ豊臣はおさまりがつきませぬ」と佐助は、やさしい目で信之を見つめます。 
 この一言で信之は全て理解するのです。
「あいつは、幸村は、そんなことを考えていたのか、平和の世をつくることを心から考えていたのか。」
「さようでございます。信之様」
「佐助、わしはこれから、新しい真田をつくっていく決心がついた。わしには、日本一の弟がいたんだからな」
時はまさに春。徳川の平和な時代がようやく始まった。これから、二百六十余年の平和な時代が続く江戸時代をつくった本当の原動力となったのは、信州上田の小国の二男坊真田幸村その人でありました。 
「第10幕終わりhttp://www.yumehouse.co.jp/  完
ご愛読ありがとうこざいました。
[ 投稿者:駅長 at 05:29 | 真田幸村と十勇士 | コメント(0) | トラックバック(0) ]

2014年06月28日
「第9幕」のはじまり、はじま〜り
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「第9幕」のはじまり、はじま〜り
チャンスは九度山幽閉十四年目に訪れます。幸村は再度徳川との決戦に臨みます。世にいう「大阪冬の陣、夏の陣」です。幸村はこの二回の戦いに奮戦しました。しかし、「この合戦は勝つためではない」と幸村は心の中で決心していました。豊臣の最後の力を世間に知らせ、徳川に平和を築きあげてもらうためのものでした。
槍でつかれ、何本もの矢を受けながら、幸村は、大きな仕事をなしとげた満足感をもって死んでいきました。十勇士も幸村から「天下太平を見届けてほしい」と託された佐助一人を残して華々しい最後を飾り、すべての将兵が幸村と同じく「これで平和になる」と信じて死んでいきました。幸村は死をもって世の中の平和を願いました。自分が天下を取るのではなく、天下を取って平和の世をつくることができる徳川に次代をたくして戦国時代に殉じていきました。「第9幕終わり」つづくhttp://www.yumehouse.co.jp/
[ 投稿者:駅長 at 05:34 | 真田幸村と十勇士 | コメント(0) | トラックバック(0) ]

2014年06月27日
「第8幕」のはじまり、はじま〜り
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「第8幕」のはじまり、はじま〜り
関ヶ原の合戦に敗れた豊臣方の武将は、ある者は首を切られ、ある者は遠い島に流されましたが、昌幸・幸村親子は、徳川方に味方した兄、信之の三日に及ぶ嘆願もあり、また、家康の「殺してしまうにはおしいやつだ」という考えもあって、高野山近くの九度山に居を移されただけで済みました。生きのびたことはできたものの、九度山での生活は徳川方の見張りもあり、百姓と変わらない厳しいものでした。もちろん、昌幸が武田24将のひとりとして活躍していた頃、育てた「そば職人」も同行しておりました。
そして幸村も、真田紐を考案したり、十勇士をつかって全国の動きを常に把握するなど、“負け犬”にはなりませんでした。九度山幽閉十一年目に「真田の発展、天下の太平」を願いつつ、父、昌幸は息を引きとります。父、昌幸の死によって、「われら親子、兄弟が分かれてまで戦ったのは、天下を平定するためではなかったのか」と幸村は考えます。「天下太平は、豊臣では無理だ。徳川が天下を取ってこそ、平和は訪れる。しかし、このままでは、豊臣に遺恨が残ってしまい、いつまでたっても平和はこない」と考え込んでしまいます。幸村は、豊臣の名をはずかしめないで、儀を立て、徳川に天下を取らせる道を探すのでした。   「第8幕終わり」つづく http://www.yumehouse.co.jp/


[ 投稿者:駅長 at 07:59 | 真田幸村と十勇士 | コメント(0) | トラックバック(0) ]

2014年06月26日
「第7幕」のはじまり、はじま〜り
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「第7幕」のはじまり、はじま〜り
天下を分ける戦国時代最大の決戦、関ヶ原の合戦(1600年)は、「真田家を守る」という昌幸の考えによって、親子、兄弟が敵・味方に分かれて戦う事となりました。幸村は父・昌幸と豊臣方につき、徳川方に味方した兄・信之と生死を決することになってしまいました。しかし、幸村はこの時、「父を信じ、豊臣に奉じて戦う」と、十勇士に檄を飛ばし、二万の徳川秀忠(後の二代将軍、家康の子)の軍勢を上田に足止めし、関ヶ原の最終決戦に間に合わなくするなど大活躍をしました。これが第二次上田合戦であり、真田十勇士は徳川方からは当時最も恐れられた軍団でした。
関ヶ原の合戦は結果的には徳川方の勝利に終わりましたが、この戦いによって真田昌幸・幸村は戦国武将のトップクラスに名を連ねることになり、敵側の武将全員を、さらには徳川家康をもうならせるのです。 「第7幕終わり」つづく
http://www.yumehouse.co.jp/
[ 投稿者:駅長 at 11:08 | 真田幸村と十勇士 | コメント(0) | トラックバック(0) ]

2014年06月25日
「第6幕」のはじまり、はじま〜り
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「第6幕」のはじまり、はじま〜り
幸村は、戦国武将の道をまっしぐらにめざし、父(昌幸)と兄(信之)の補佐役として真田軍団づくりに力を入れます。武術に優れたもの、軍略を得意とする者、諜報活動のプロなど、幸村のもとには全国から仲間入りを希望する声が殺到。中には、幸村自身がうわさを聞いて会いに行った者もあり、いずれも、幸村に一度会っただけで幸村の底知れない魅力に取りつかれるように家来になり「日の本一の兵(つわもの)真田」の名を何百年後の世までも伝える戦国一の軍団“真田十勇士”が誕生するのです。
真田十勇士は「猿飛佐助」を筆頭に伊賀流忍者「霧隠才蔵」、怪力の持ち主「三好清海入道」、清海の弟「三好伊三入道」、槍の達人「穴山小助」、釜十字槍の名手「由利鎌之助」、鉄砲の名手「筧十蔵」、海野氏の流れをくみ、十勇士のまとめ役「海野六郎」、祢津氏の一族で幸村の影武者の一人「祢津甚八」、幸村の側近として知謀をふるった「望月六郎」。いずれも、幸村の力の一部を象徴し、十勇士の活躍は幸村その人の活躍でもありました。   「第6幕終わり」つづくhttp://www.yumehouse.co.jp/
[ 投稿者:駅長 at 08:26 | 真田幸村と十勇士 | コメント(0) | トラックバック(0) ]

2014年06月24日
「第5幕」のはじまり、はじま〜り
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「第5幕」のはじまり、はじま〜り
佐助をさがして角間の里を訪れた幸村の前に、すっかり変わった悪童たちのボスとなっていた佐助が出てきます。「私は真田幸村という者だ、お前のことは源左衛門から聞いている・・・」と幸村が話し始めると、佐助はいきなり幸村になぐりかかります。「お前などに用はない。俺は横谷の家には帰らねえ」と佐助は怒鳴りまくります。なぐりかかっても何も反撃しない幸村をみて、「こんなやつは初めてだ」と、佐助は逆に怖くなってしまいます。一方、幸村は佐助の姿に自分の姿を見たような気がしていました。
「お前は俺に似ている。なぜそんなにあばれるんだ。あり余る力があるならもっと違う使い方があるはずだ」と幸村は自分にもいいきかせるように佐助に話し、くる日もくる日も幸村は佐助のもとに通い続けます。こうして、佐助は、幸村に対して畏怖と尊敬の気持ちを持ち、それからは幸村の腹心として生涯をささげることになったのです。「第5幕終わり」http://www.yumehouse.co.jp/


[ 投稿者:駅長 at 08:50 | 真田幸村と十勇士 | コメント(0) | トラックバック(0) ]

2014年06月23日
「第4幕」のはじまり、はじま〜り
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「第4幕」のはじまり、はじま〜り
野猿を友に毎日、忍者修行を続けてきた佐助は、四阿山・白山神社で修験者と出会い、妖しい術を目の当たりにします。佐助の忍術が激しい動きから繰り出されるものに対して、修験者の妖術はいたって静かな、ほとんど動きをともわないものでした。それでいて、佐助は一歩も動けなくなり、額には油汗が浮かんでくるのです。それから一年、佐助は毎日四阿山に通い妖術を身につけていきました。
この時、他のいかなる忍法とも異なる真田忍法が完成に近づいている事に、佐助はもちろん気づくはずもありません。無敵の術を身につけた佐助は、この後、山を降り、角間の里で悪童を集めて悪さの限りをつくすようになってしまいます。「どうせ俺なんか人の役に立つことなんかできやしない」と悪ぶってはみても、根は心の優しい佐助だけに、悪童たちを力で制するだけでは心の中はいやされる事はありませんでした。   「第4幕終わり」つづく
by「本物の電車に泊まれる民宿」 http://www.yumehouse.co.jp/
[ 投稿者:駅長 at 07:53 | 真田幸村と十勇士 | コメント(0) | トラックバック(0) ]

2014年06月22日
「第3幕」のはじまり、はじま〜り・・・。
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「第3幕」のはじまり、はじま〜り
一方、横谷源左衛門の子・佐助は、忍法の秘術をきわめ、真田家に仕えていた戸沢白雲斎にあずけられ、厳しい忍者修行を受けておりました。遊び相手もいない佐助にとって唯一の友は、角間の山に住む野猿たち。佐助は、いつしか野猿たちのすばやい身のこなしを身につけ、佐助独自の忍法を工夫するようになっておりました。そんな佐助の成長ぶりに白雲斎は、「自分の後継者は佐助に決めた」と、あらゆる忍術秘法を伝授するのです。さらに、昔から角間山中の鬼ヶ城に住みついていた鬼たちをも倒し、鬼たちの妖術も自分のものにしておりました。この頃から佐助は、“猿飛佐助”と呼ばれ、角間の人たちに知られ始めておりました。立派に成長した佐助を横谷家に返すため、白雲斎は佐助の前から姿を消してしまいました。頼るものといえば白雲斎しかいなかった佐助にとって、大きなショックであり「横谷の家へ帰れ」という白雲斎の置き手紙を破り捨て、佐助は一人山の奥へ入って行くのです。       「第3幕終わり」つづく
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[ 投稿者:駅長 at 06:51 | 真田幸村と十勇士 | コメント(0) | トラックバック(0) ]

2014年06月21日
「第2幕」のはじまり、はじま〜り
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「第2幕」のはじまり、はじま〜り真田昌幸には、信幸、幸村という二人の子供がおりました。幸村は弟でもあり、厳し過ぎるほどの育てられ方をされ、「自分は親からいじめられている」と考えるほど、昌幸の幸村に対する態度は厳しいものでした。人質にされるなど、つらい少年時代を送った幸村は、ひがみっぽく無口な青年になり、徳川軍を破って勢いに乗った真田家の中で一人孤立しておりました。そのような時、真田家の家老・横谷源左衛門が「幸村様こそ、今の世の中をまとめる武将だ」と幸村を励まし、「本物の武将はみな厳しい環境の中で成長してくるものです。昌幸様は、あなたに本物の武将になってほしいと願っています」と力強く話した。
さらに、源左衛門は、「私も我が子の佐助(庄八郎重氏)を生まれてすぐ人にあずけ、本物の忍者になれるよう厳しく育てています。これからの世の中を動かしていくためには忍者の活躍が重要な役割をはたすと考えましてな」としみじみ語ります。幸村は、源左衛門の話で、自分の歩むべき方向がかすかに見えた気がしました。「佐助とやらに会ってみよう。佐助に会えば自分の生き方もわかるはずだ」と幸村は、角間の里へ佐助を探しに出かける事にしたのです。                「第2幕終わり」つづく

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[ 投稿者:駅長 at 08:32 | 真田幸村と十勇士 | コメント(0) | トラックバック(0) ]