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2011年01月15日
「不登校」という言葉で子どもを理解したと思わずに・・・はっきりママさんへ
またまたはっきりママからコメントをいただきました

コメントは一番最後に掲載させていただきます
ありがとうございます。
さて 今から20年近く前には不登校について大人たちは手探りで一生懸命学校に行かなくなった・いけなくなった
理由、原因を探そうともがいていました。

今のように 即刻 カウンセラー 適応指導教室 神経内科 フリースクールという
・・選択はまずなく

親はおろおろ・・こどもも 自分を分析することも、主張することもできず 隠れるように
自分はだめな人間なんだ・・そんな主張を繰り返し、親も子どもも苦しんでいました。

その中で ある人たちは 子どもを受け入れなさいといわれ、タイマイはたいて 
子どもが欲しいというものを買い与えたりしていました。

それが子どもの意見を聞くと勘違いをしていたのかも知れません


子どもの意見を聞くことと 何でも買い与えることとは別です

各家庭の事情をしっかり子どもに話し できることできないことを子どもが納得するように働きかけをして
すごすことが当たり前

そんな対応に違和感を感じますが・・


それもこれも 
すべての価値観が学校、成績にあった当時 いえ今だってそうでしょうが、理解できない不登校に飴を与えて
ご機嫌をとったり 怠けやわがままにはムチでたたいてなんとか学校に戻そうという動きもあったのです。

子どもの学校での状態など考える余裕もなかったのかもしれません
体罰や競争やいじめに苦しんでいても そんなの乗り越えるもので それでこそ子ども達は後の社会で
活躍できるのだと信じていたんですね・・

ですから 一方で 暴力的な学校に戻すことを目的に訓練をするフリースクールも出てきたり
言うことを聞かない子どもをコンテナに閉じ込め 命を奪ってしまうということもありました


学校とはいったい何なのか?を大人たちがまだ理解できないままいたからだと思います。


そして その後 大人たちは学校での体罰やいじめ 競争などの問題を理解するようになって行きました

そんなひどい状況のなか、子ども達は学校に行かなくなる いけなくなったのではないかと
理解する人々もでてきたのです

ですから、子ども達を無理に刺激してさらに彼らを苦しめてはいけない・・そんな理解も広がっていったように
思います。

当時 子ども達の自殺も相次ぎ 大人たちは真剣に子ども達の命と向き合わなければならないと考えていったのだと思います。

・・ところが

不登校の数が増え続け・・10万人をゆうに超え
子ども達はなかなか学校に戻らず・・

業を煮やした? 人々は子ども達を待っていてはいけない!と主張し始めました

子ども達に学校に戻るように働きかけるべきだ!!!と言い始めたのです

そして 同時に 不登校のそういった子ども達に「ラベリング」がされるようになりました

発達障害、適応障害・・・などなど

単に学校に行かないだけででしょうか???

学校での被害にあったいわば被害者の子ども達がさらにラベリングされるという被害をもうけることになったのです。


ひとたび レッテルが貼られれば あとは み〜〜んな 一緒???ですか

学校に行かない いかれない それぞれの子どもの事情はお構まいなし

 不登校イコール発達障害 適応障害という感覚だけが広がっていってしまった???


20年くらい前の親たちの中には 無力であったかも知れませんが
必死で子どもが何を苦しみ 何を求め どう支えればいいのか考えようとしていました

少なくとも 自分の頭で 家族の中で・・そして原因はいったい何なんだろうと心を痛めました

小さな 小さなグループがそっちこっちにできて
お互いに一生懸命話し探っていたように思います・・


こどもがこれまでやってきたことと異なる行動をとったとき
なんだか様子が違っているとき

それはきっと何かがある・・親はその様子から子どもを信頼して支えようとしていたのです・・



学校に行かなくなったから 即 障害?などと決め付けなかったのです
親たちは学校と戦い 必死で子どもをささえ続けていたのです


子どもが学校に行かなくなったときの様子を思い出し、子どもを見つめなおして いったい何が彼らを苦しめ
何をいやだと思い、何を欲しているのか ・・いえ 何に疲れてしまったのか
親としてもう一度考えてみてもいいのではないかと思います。



 原因探しをして 「それくらいで、何〜〜〜!」とか「そんなんじゃ 世の中生きていけない〜〜!」とか
「甘いよ〜〜〜」とか

そんな言葉をかけてもらいたいと言っているのではありません

子どもの置かれている現状、現実をしっかり目をひらいてお母さん、お父さんに見て欲しいのです・・

子どもにとって 子どものすごしている空間 学校やそのほかの場所が
子どもの心を傷つけ 疲れはててしまったかも知れないからです・・


だとしたら 彼らは心から支えが必要だと思うのです

薬でも飴でも脅しでもなく

暖かい支えが必要なのだと

もう一度 不登校という言葉で子どもを理解したと思わず、
子ども一人ひとりに向き合い、対応を家族で考えなおして欲しい・・そう思うのです


はっきりママさん 指摘くださったおかげでこれまでの親たちの動き、考えを書くことができました




ありがとうございました。

では  はっきりママさんのコメント掲載させていただきますね

これからもコメントよろしくお願いします。

皆さんのご意見お待ちしてます









わたしの知っている大人たち


学校に行かなくなった(行けなくなった)子どもを「不登校」と一絡げに言わずに、
さまざまな理由で学校に行けなくなった(行かなくなった)子ども達と言っていた人たちがいました。


人は同じだと思うかもしれません。でも、違います。

彼らは、学校に行かなくなった(行けなくなった)のには理由があり、理由は一人一人、違うということ、そして、深刻であること。

だからこそ、一人一人違う事情に耳も心も傾け、向き合い、受け止めることが大切と考えていたからです。

何があるのだろうか。何があったのだろうか。きっと、何かあったにちがいない。

と子どもと向き合う。責めるのではありません。

子どもに起きたこと、子どもが感じたこと、を知ること。

そして、子どもにとって最善の方法を考え出すこと。が大切 と子どもと向き合うなかで、気がつき、一文字で言い表すことは出来なかったのです。

それは子どものプライドを尊重することでもあったのです。


 今はどうでしょう。学校行かない(行けない)イコール「不登校」とレッテルをはり、

恐怖感を与えることはしても、理由や諸事情があることに、また、理由や諸事情を考えなくなってはいないでしょうか。


 子どもが長く過ごす学校でどんな思いをし、何を感じ、学校に行かなくなった
(行けなくなった)かを子どもの立場になって、共有と共感が出来なければならないと 

それから対応がはじまるものと思います.




今日もここまでお読みいただきありがとうございました。

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[ 投稿者:きょん! at 22:44 | 不登校・構造特区 | コメント(0) | トラックバック(0) ]

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