2006年04月17日
教育基本法10条の修正過程を以下で見つけた。
http://pegasus.phys.saga-u.ac.jp/Education/edulaw-art10s.html
教育基本法 第十条の条文の成立過程http://pegasus.phys.saga-u.ac.jp/Education/edulaw-art10.html
第九二回帝国議会衆議院教育基本法案委員会議第一回(1947.3.14)の答弁もある。
成立修正過程は上記アドレスからお読みください。
アメリカの教育使節団など教育基本法成立の歴史を
読むことができます。
アメリカ使節団には日本の教育について以下5つの
欠点を指摘されたのだそうです。
戦前の教育は極端に中央集権された制度であること
特権的な学校組織であること
画一的詰め込み教育であること
官僚独善的な教育行政であること
非能率的な国語及び国字を使用していること
詳しくは以下からどうぞ
http://pegasus.phys.saga-u.ac.jp/Education/edulaw-art10.html
衆議院委員会でのやりとりは
http://pegasus.phys.saga-u.ac.jp/Education/edulaw-art10s.html
第九二回帝国議会衆議院教育基本法案委員会議第一回(1947.3.14)の中で、永井勝次郎委員の質問に対しての高橋誠一郎文部大臣と辻田力文部事務官の答弁
永井: 次に教育行政の問題でありますが、ここに「不当な支配」ということがありますが、「不当な支配」ということは、具体的にはどういうものを指すのであるか。それから国民全体に対して直接に責任を負うということは、具体的にはどういうことであるか。そうしてこの教育行政については、もちろん地方教育行政法が出るようでありますが、文部省においては、内務行政から離れた文部省の直轄行政を目途として計画を立てておられるのであるか。もしそうだとするならば、その進捗状態はどうであるのか、その具体的な実現の見通しはどうであるか、どういう構想であるか、その具体的な内容を承りたいと思います。
辻田: お答えを申し上げます。第十条の「不当な支配に服することなく」というのはこれは教育が国民の公正な意思に応じて行われなければならぬことは当然でありますが、従来官僚とか一部の政党とか、その他不当な外部的干渉と申しますか、容喙と申しますかによって教育の内容が随分ゆがめられたことのあることは、申し上げるまでもないことであります。そこでそういうような単なる官僚とかあるいは一部の政党とかいうふうなことのみでなく、一般に不当な支配に教育が服してはならないのでありまして、、ここでは教育権の独立と申しますが、教権の独立ということについて、その精神を表したのであります。
次の「国民全体に対して直接に責任を負って行われるべきものでる」と申しますのは、さればとて、教育者が単なる独善に陥って、勝手なことをしていいということではないのでありまして、教育者自身が国民全体に対して直接に責任を負っておるという自覚のもとに、教育は実施されなければならぬということを徹底いたしますために.まず、教育行政上において教育自体のあるべき姿をうたったわけであります。
なお第二の点といたしまして、教育行政に関する法律についてのご質問でありましたが、これは教育刷新の委員会におきまして御意見の御開陳がありまして、それによってわれわれとしては研究しておりまするが、なおそれぞれ関係筋ともいろいろ打ち合わせして研究をしておるわけありますので、今ここではっきりとしたことを申し上げることは許されないのでありますが、大体におきましては市町村とか都道府県という所に教育委員会を設けて、その民主的な教育委員会において教育行政が運営されるというふうな考え方でございます
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