
「Meyer 対. Nebraska裁判、Pierce 対 Society of Sisters裁判』での判決を覆そうとしてきた下級連邦裁判所決定への強い警鐘となる・・・
2000年6月に次のようなニュースが飛び込んできた。
「Meyer 対. Nebraska裁判、Pierce 対 Society of Sisters裁判』での判決を覆そうとしてきた下級連邦裁判
所決定への強い警鐘となる・・・?
Meyer 対 Nebraska裁判での判決とは
、外国語での教育を禁じたネブラスカ州法を「自らが教育を管理する」親の権利を侵害するという理由で
無効
にしたもの。
Pierce 対. Society of Sisters裁判での判決とは、
公立学校への出席を義務化し、それにより(宗教的な)教区学校への就学を禁じたオレゴン州法を無効に
したものだそうだ。
それらの判決が出ていたにも関わらず、下級連邦裁判所は『子どもの教育を管理する親の権利よりも、地
区の教育当局の意向を優先する判決』を出してきていたのだそうだ。
ところが、連邦裁判所(最高裁判所)は Troxel 対 Granville 裁判で『子どもの養育についての親の管理
を基本的な権利として再確認した』ということらしい。
判決を下した判事の一人Sandra Day O'Connor氏は
「子どもの世話、監護、管理に関する親の決定権は、
合衆国憲法修正条項第14条が基本的権利として保障していることは疑いようがない」と述べたという。
が、何より衝撃だったのは、Antonin Scalia判事の発言だったそうだ。
『子どもの養育(教育を含む)を管理する(コントロールする)親の権利は独立宣言に謳われた「奪うこ
とのできない諸権利」に本来備わるものではあるが、そのような権利は合衆国憲法では言及されていな
い』
『連邦裁判所(は親の権利とは何であるかを定義する努力を控えるべきである。定義してしまうことで、
法律として制定され、連邦レベルで適用される家族法という新しい体制を築いてしまうことになる』
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・・・・・・・・・・・つまり、親が子どもをどう育てるか、どう教育するかという権利は、もともと親
にある『奪うことの出来ない権利』ー自然権だということなのだそうだ。
そして、それを明文化してしまうことで、新たな法律制定を招き、ひいては改正などによってその基本的
な権利を侵害しかねない!!!!!!!!!といったのだそうだ。
法律に基づき自分の正当性を主張しようする私たちにとては『目からうろこ』・・
けれども、あたりまえといえばあたりまえ・・
憲法に記されているから『自分の子どもを育てる権利がある』とは誰も思っていないだろう・・
自然権・・確かにそうだ。・・
『法律はできるだけシンプル・・できるだけ少ない方がいい。争いが起きるから法律がある。』・・・
そんな言葉をある法律家から聞いたような気がする。