掲示板お問い合わせランダムジャンプ



この広告は30日以上更新がないブログに表示されております。 新しい記事を書くことで広告を消すことができます。

top space

2013年07月17日
名古屋・明豊中学・自殺担任(漆原)の話は矛盾している?
名古屋・明豊中学・自殺担任(漆原)の話は矛盾している?

自分の授業中に子供たちが言葉を発していることを聞きもせず関与もせず、ぼおっとたっていたのか座っていたのか。そんなことありえないだろう。

日頃から乱暴な言葉を気にしていたのに、授業中なら一切がスルーするのか。

虐めは一度ではなく常習的なら、日頃からきにしていたことと符合する。それなのに授業中は無視していたのか。

自虐的に、加害者側に加わって、言葉を発したのだろう。言ってはいけないことだった。だから子供達は否定的に捉えている。

メディアが刷り込んだなんてとんでもない言いがかりをつけている。変だろう。メディアは担任がいじめ加害者に加担したなんてことは誰も想像していないのだ。

メディアは目撃者の証言を拾ったに過ぎない。

事実に蓋をしようとしているのは担任自身じゃないか。蜜室だから他に大人はいない。子供らはどうせ馬鹿ばかりだ。刷り込まれただの、集団催眠だの、虐めグループが勝手にやったことだの、自分は一切無関係を言い続ければ無罪放免。証拠は何も無いのだから。

日頃の乱暴な言葉、虐め行為に対してこの担任は何をしたか?

虐めの相談があっても聞く耳持たず。相手にならず適当に忙しいとか言って追い返していたのだろう。子供の問題に一緒に取り組む気持ちはゼロ。

この女担任(漆原)にとって虐めっ子も問題だが、虐められっ子はもっと問題だ。虐めの存在は虐められたという奴が出てきて初めて存在するのが今の学校のルール。被害者が出ないと事件にならないのは警察の態度と同じだ。不作為の罪。

女担任(漆原)は1人の少年の命を救うことが出来なかった反省はなにもないし、謝罪もないし、弁明また弁明。逃げ回る知恵ばかり絞って、心を尽くす気持ちは何も無い。最初から教師という職業を理解していなかったのだろう。

この女(漆原)は一体何と真剣に向かい合っていたのだろう。

虐めていた奴も救わず、傍観者も救わず、ひたすらカリキュラムの消化に心を砕いていたのか。そんな奴はサラリーマンもできない。



実名や写真が公開されないのは全員がお行儀がいいのではなくて、この担任と同じようなずるい人間の集団なんだろう。人一人死ぬくらいで騒ぐなと言っている。傍観者であったことの罪を感じている。被害者はまだまだいるのだろう。

はやく全てを明らかに。明るく豊かに。そうでしょう?。

[ 投稿者:ナナ at 13:41 | 時間旅行 | コメント(1) | トラックバック(0) ]

この記事へのコメント
同感ですね
いじめられてる子がいたら、先生に誰々が誰をいじめてると、声をあげることも出来ない明豊中学校。クラスメイト全員が、自分じゃないから関係ないと、知らん顔。
マニュアル通りの勉強を詰め込無だけが、教育か?教師が冷血では、人間の心を育てられない。道徳教育など出来るわけがない。この学校が証明してる。
投稿者: 通りすがり at 2013-07-24 18:24:56

この記事へのトラックバック

この記事へのトラックバックURL
http://shinshu.fm/MHz/01.12/a07419/0000420254.trackback

この記事の固定URL
http://shinshu.fm/MHz/01.12/archives/0000420254.html

記事へのコメント
 
簡単演算認証: 3 x 6 =
計算の答えを半角英数字で入力して下さい。
名前: [必須]
URL/Email:
タイトル:
コメント:
※記事・コメントなどの削除要請はこちら